2020年5月31日日曜日

閑古鳥

 今回のスナップは、外出自粛解除後の新京成 八柱駅。オフピーク タイムということを考慮しても、誰もいない構内は新京成線内乗降者数4位の駅らしからぬ「閑古鳥が鳴く」状態。だがこれも一過性の光景であってほしいもの。明日6月から学校も再開されると聞く。やはり駅には「賑わい」が似合うものだ。
2つの改札口。左は第1駅ビルへ、右は第2駅ビルに繫がっている。
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2020年5月30日土曜日

折衷仕様

JR武蔵野線で最後の活躍をしている205系の電動車は5000番台。オリジナルの直流直巻モーター&界磁添加励磁制御を交流誘導モーター&VVVFインバータ制御に換装したいわば205系と209系の折衷的存在で、そのパイオニアは既にインドネシア転用で廃車になっている5001、5002のユニット。2002年日韓W杯開催に合わせ増備された成田エクスプレス用253系200番台に直流直巻モーター&界磁添加励磁制御装置を拠出するため改造されたことが切っ掛けとなって以後武蔵野線へ投入される205系の基本仕様となった。改造は72ユニットに及びそれによって同線で必要な1編成あたりの電動車数を6両から4両に削減できたことは大きな功績。それは後継のE231系にも活かされている。 
     今年度中に撤退する205系5000番台は全車インドネシアに転用される。

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2020年5月29日金曜日

それぞれの路

 何気無く記録された車止め。この先は1997年10月前まで「本線」と呼ばれた横川~軽井沢間の碓氷線、この真新しい車止めと3本の電柱は横川駅の1~3番線を閉ざす設備だった。ところが用途廃止となった旧4、5番線は観光施設「碓氷鉄道文化むら」へと繫がっており、動態保存のEF63形がJR線に入線する際は普段はクローズされている線路も表に出るという。となれば、「とうげのゆ駅」行きトロッコ列車「シェルパ君」が発着することも可能かも・・・と。夢には続きがあるものだ。
碓氷峠越えは連絡バス。未だに慣れない。
現役時代の跨線橋からの眺め。歩行路付近に車止めが設けられた。(再掲)

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2020年5月28日木曜日

意外性

「まもなく青森行き寝台特急日本海号が入線します。」の放送が流れたとき、友人と「トワイライト機が牽引したりして・・・」とジョークを言っていたら本当に「トワイライト色」がやって来た。思わずシャッターを切る。現像後はニンマリ。
日本海、金沢定刻着
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2020年5月27日水曜日

ちょっと誤算

ラッチ(改札)を中心に下車する乗客と駅員を狙ってみる。「緊急事態 全面解除」がなされた初日の光景。ところがちょっとした誤算があった。乗客は全員マスク姿。時節柄やむをえないが、これはいただけない。日常に戻る日が待ち遠しい。
若葉号 定時到着

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2020年5月26日火曜日

本領発揮、1段下降窓

 新型コロナウイルス感染症対策で電車やバスの窓が開き始めた。その中で際立っているのが1段下降窓の車両。側窓が下降することで着席客には直接風を受けることなく車内に外気を取り込むことができる仕様が、「密閉」対策には有効という訳だ。空調完備が標準となっている車両では開閉窓は非常時換気の意味合いが大きかったが、これが本来の姿。車内空調もクーラーに頼らず、涼風を取り込む時間帯があっても良い。これもECO・・・と思いながら。
JR東日本205系では側窓の全てが開閉可能となっている。
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2020年5月25日月曜日

水田を行く

 有珠地区の田圃に水が入るのは5月中旬。涼風が水面を揺らす中を本州へ向うコンテナ列車が通り過ぎる。作付け近し、春はもうすぐだ。
白いコンテナは「冷蔵コンテナ」


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2020年5月24日日曜日

カスタマイズ

3扉改造は千歳空港駅開業、千歳・室蘭線電化に合わせた3次車が中心となった。
 今では札幌圏の通勤電車ではスタンダードとなった3ドア車。その切っ掛けは通勤ラッシュ対策として国鉄時代の昭和62年に2ドアの51形客車1両に扉を増設、3ドア化したことにはじまっている。その後711系電車の先頭車12両に対しても同様の改造が行われ、721系以降では3ドアが標準になっている。2ドアから3ドアへの改造は古くは湘南電車サロ85形格下げのクハ77、横須賀線サロ75形格下げのサハ75 100番台でもみられ、運用線区に合わせての転用改造は資産の再活用として有効だった。
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2020年5月23日土曜日

カメラ遊楽

 一枚の写真が語ること。昭和56年 国鉄 有楽町駅で初めてシェークダウンした一眼レフでの作品をあらためて見てみると構内の出発信号機が点灯していることに気がついた。山手・京浜東北線がATC化されたのが同年12月なので撮影時期はそれ以前。更に歩行者天国で銀座松坂屋の垂れ幕から「10月1日新規OPEN」が読み取れることから10~11月と推察できた。いずれのポジションでも再撮できそうなので定点比較も面白そう。外出自粛緩和後のテーマがひとつ見つかったようだ。
ATC対応の103系編成。カメラはCANON AE-1P、レンズ50ミリ、コダカラーだった。
日曜の昼下がり。秋の銀ブラ

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2020年5月22日金曜日

時経てば。

 時が経てば趣向も変わるもの。振り返れば、民営化前後貨物列車にカメラを向けるファンは極めて少なかった。比較的レアな高速貨物でさえ「貨物には興味なし」と放言する学生ファンもいたくらい「イロモノ」だった時期もあった。今回の作品も「北斗星トマムスキー」号を待つ間に通過したEF65P形牽引のオイルトレインだがシャッター音は極めて少なかった。ところが今では状況が一変。国鉄色に戻った機関車も人気の一因だが、長編成の貨物列車は絶好の被写体となっている。大事なのは「撮っておく姿勢」。撮影の動機付けはそこから生まれる。
更新前のJR貨物EF65 500番台は特急色を維持していた。
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2020年5月21日木曜日

クモハ12052

 今回の作品は今もJR東日本に車籍を有しているクモハ12052の鶴見線大川支線時代の姿。当時は20m車の入線が困難だった武蔵白石~大川 間用として残されていたが、国鉄末期から1994年までの閑散時間帯や休日には、鶴見~大川、海芝浦へ充当されたこともあった。両運転台車ながらも前後で「面」が異なるのは、種車が片運転台のクモハ11形に運転台を増設したことによるもの。現在は東京総合車両センターに保管されているこの無骨な戦前型車両、令和時代ではどのように活用されるのだろうか。
クモハ12全景、52号車は車籍を有する最後の17m車となった。
運転台増設改造は昭和34年。

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2020年5月20日水曜日

「春日塗り」と称された関西線快速色

昭和48(1973)年 関西本線 湊町~奈良間電化の際に登場した関西線快速色は、国鉄時代では珍しかった地域色のひとつ。ベースはブルーライナー「新快速」色でスカイブルー部分を朱色に変えたもの。春日大社の柱に因んだ朱色は「春日塗り」とも言われ、大阪環状線への直通快速列車には専用のヘッドマークが装着されていた。今回の作品は関西線快速では当時レアだった冷房車(2000番台)のスナップ。その「春日塗り」も113系の撤退と合わせて鬼籍入りしたのは残念だ。

現在は大和路快速となった関西線快速

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2020年5月19日火曜日

アクセントは「N」。

 流鉄電車の側面にデザインされた「N」。調べてみると1994年に初の冷房車として西武701系・801系を導入した際に採用されて以降、同線の車両にはカラーリングは変われど「N」字は継承されている。今回の作品では、その「N」字を強調するため走行中の若葉号を側面から捉えている。きれいに収めてみると良きアクセントになっているようだ。
「N」は「流山のN」というのが通説。
      
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2020年5月18日月曜日

愛称は「マッコウクジラ」

 営団地下鉄日比谷線の初代車両3000系は昭和36(1961)年から10年に渡って305両製造されたロングセラー。ニックネームの「マッコウクジラ」は、前面「おでこ」部分がマッコウクジラに類似していることに由来している。3000系の特徴でもあるステンレス車体は、骨組みが鋼製で外板だけがステンレスというセミステンレス仕様だが世間的に「銀色の日比谷線」は広く定着し、後に設定された日比谷線のラインカラーにはステンレスのグレーが採用されている。
 日比谷線で平成6(1994)年まで活躍した3000系の一部は長野電鉄に転じ現在に至っているが、令和4(2022)年をメドに日比谷線二代目車両のメトロ03系に置き換えられるという。その中でトップナンバー3001、3002号車は平成19(2007)年東京へ里帰り。復元ののち動態保存されることになったのは嬉しいこと。後世に「マッコウクジラ」を残す東京メトロの英断に拍手を贈りたい。
コルゲートが印象的な3000系、北は東武動物公園、南は菊名までの広域で運用された。
保存されるマッコウクジラ

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2020年5月17日日曜日

Legacy

 今回の作品はJR北海道発足後の多客期に見られた2編成を連結した特急色時代の781系電車。注目したいのは側面で「JNR」 エンブレムとライトケース&窓回りの赤帯の側端部、運転台前部窓の傾斜角が60度に揃えられていることがよくわかる。この調和のとれた塗装はビジネス特急「こだま」以来のもの。ところが民営化後は脱国鉄が進められ、会社独自の新塗装が氾濫してからは、このカラーリングは「国鉄メイク」として再認識されるようになった。この「国鉄メイク」、鉄道史における「レガシー」になっているのは確かなようだ。 
クリームと赤の特急色車両は大宮、リニア、京都の各屋博物館等に保存されている

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2020年5月16日土曜日

夕方散歩

 王子の「北とぴあ」の展望コーナーは、老若男女問わず人気があるビューポイント。ここから眺めで楽しいのは新幹線。小一時間もいれば、ほぼ全ての系列を見る事ができる。個人的には夕方がいい。暫しの撮影時間の後、喉を潤して帰路につく。自粛が解除される日が待ち遠しい。
こまち+はやぶさ
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2020年5月15日金曜日

売りは「2エンジン」。

 国鉄最終年度予算で民営化後経営が厳しいことが想定された北海道、四国地区に対して製作された新形気動車がキハ54形。四国には暖地向け0番台12両、北海道には酷寒地向け500番台29両が投入されている。同系の大きな特徴は新形駆動エンジンが2台艤装されている事と軽量ステンレス車体。これによって従来の気動車に比べ燃費等で改善が見られたという。アコモには投入線区の特性に合わせて差はあったが、民営化後現在まで幾度かの更新改造を経ながら全車健在なのは同車が「両運転台の2エンジン車」の需要に適合していたことが大きい。製造後30年を越えたキハ54、後継車不在もあって今しばらくは活躍しそうだ。
新製時は「汚物処理」未対策だったキハ54 500番台。後に汚物処理装置は車内に備えられた。
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2020年5月14日木曜日

今日の空

 新型コロナウイルス拡大防止に起因する外出自粛下で気がついた事に青空が澄んでいることがある。CO2排出等、空気を汚す要因が減ったことによるものか南極のオゾンホールも小さくなっているとも。地球本来の姿を取り戻しつつあるのだろうか。そう思うと今日の空は少し悲しい。
今回のE3系「こまち」は1997年7月の作品。この日の空も青かった。
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2020年5月13日水曜日

見送りが似合った上野駅

 都下のJRターミナル駅の中で北の玄関 上野駅には独特の空気感があるように思う。絶えず次の列車を待つイメージがある東京駅、新宿駅とは異なり慌しくもない程良いゆとりが残っている。ドア越しに親子が見送る相手は誰だろうか。このような昭和のワンシーンが似合うのはやはり上野駅。
早く平時に戻りますように。

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2020年5月12日火曜日

苦渋の決断

 大井川鉄道のPRによると今月13日から31日まで、大井川本線の列車は朝方の3本を除きバス代行になるという。トーマス号、川根路号といった蒸機列車そして井川線の全線運休が続く中、新型コロナウイルス感染拡大状況を考慮した上での苦渋の決断。観光客依存度が高い地方鉄道会社にとって由々しき事態となりつつあるのは間違いなさそうだ。
名所、第一鉄橋を渡る列車は上下各1本。
                                                   
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2020年5月11日月曜日

難物だった「やまびこ」

 国鉄在来線電車特急に絵入りヘッドマークが導入された昭和53年、列車愛称をデザイン化するなかで注目されたのが上野~盛岡間の「やまびこ」。由来でもある山の精霊の「山彦」が引き起こすと伝えられている「音の反響」現象をどのように表現するかということだった。その結果が音の波動をイメージしたマーク。デザイナーの努力が窺える力作のマークも実働期間は短く「やまびこ」の愛称が東北新幹線へ転用される昭和57年で役目を終えている。
上野~盛岡を結んでいたことで新幹線へ愛称が転用された「やまびこ」所要時間は6時間強だった。
       

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2020年5月10日日曜日

米原経由北陸線急行列車。

 大阪発北陸線特急の全て、急行「立山」が湖西線経由となった昭和50年3月ダイヤ改正で、従来通りの米原経由で残された優等列車が「ゆのくに」「越後」「きたぐに」の各急行列車。特に昼行優等列車は特急格上げが基本線だったこともあって「急行」はレアな存在だった。今回の「ゆのくに」は米原が京阪神ミニ周遊券の周遊エリアに含まれていたことから、わざわざ「ゆのくに」で移動したときのスナップ。小さくなったヘッドマークが往年北陸急行の片鱗を感じさせたが既に編成は簡素化されていた。その「ゆのくに」が廃止されたのは昭和57年11月。東北上越新幹線開業に拠るダイヤ改正によるものだ。
昭和54年の「ゆのくに」

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2020年5月9日土曜日

噂を信じていい?

 世は外出自粛の中、予てからの噂が現実化しそうだ。それが小湊鉄道へのJRキハ40形譲渡。これは3月のダイヤ改正で只見線から捻出された車両によるもので、まず今月半ばに2両が郡山から蘇我へ回送される。日本唯一全車DMH17C形エンジンを換装する貴重な路線でもある小湊鉄道に一石を投じることになる今回のキハ40の噂。小湊鉄道からの正式なPRを待ちたいところだ。
福島から千葉へ。頑丈な造りが特徴なキハ40。


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2020年5月8日金曜日

ヒット作「キハ58顔」

5月8日に因んで振り返ってみると、国鉄時代「58」が付番された形式はヒット作が多い。蒸気機関車C58形は431両、電気機関車EF58形は172両、そしてディーゼルカーキハ58系列は1823両にも及び一時期は国鉄気動車の30%を占めていた。基本的な前面のデザインはその後のキハ40系列へも継承されたこともあって国鉄ディーゼルカーといえば「キハ58顔」といっても過言でないくらい広く浸透した。その本家「キハ58顔」1823両の最後の1両がいすみ鉄道に残るキハ28。その存在意義は大きいことを実感させられる。
最盛期の土讃線急行「あしずり」、山岳線仕様キハ58+65のペアが活躍した。
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2020年5月7日木曜日

動感を求める

 蒸気機関車の動感をどう表現するか。今回の作品では、広角ズームレンズをズーミングしながら「流し撮り」している。文字で書くと簡単だが実際にはそれぞれの「加減」がキモだった。その成否は現像後までのお楽しみ。この間がフィルム写真の魅力のひとつ。
いざ勝負!ターゲットはC62.

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2020年5月6日水曜日

凛とした空気感

 今回の作品はJR北海道 苗穂駅でのスナップ。C62ニセコ号運行時の定宿は小樽だが、この日は札幌へ戻る知人の「2列車(北斗星2号)を見に行きませんか?」に付き合ってのこと。日没近くなると急に冷え込む中で2列車通過を待った。よし定時通過。どうやら帰京する明日の2列車は大丈夫そうだ。
車両工場が隣接する駅。
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2020年5月5日火曜日

天の邪鬼

羊蹄山は蝦夷富士とも言われる円錐型の活火山。
函館本線の列車と羊蹄山をからめての定番撮影地は倶知安~小沢間の「北四踏切」。だが蒸機列車では、勢いよく吐き出す煙が山を隠してしまうリスクがあった。そのためここでは定番の北四踏切を避け、小沢側へ下がったポイントを選んでいる。結果は御覧のとおり、完全燃焼のC62は山を隠すことなく倶知安峠へ挑んで行った。
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2020年5月4日月曜日

2000回を経て。

 気がつけば今回のブログで2000回。回数=1ブログ×日数なので「よく続いたな」というのが実感だ。近年の閲覧者は国内よりも諸外国からのアクセスが主になっているが、全体的には落ち着いている傾向。そこで2000回を境にブログ更新を「毎日」から「ほぼ毎日」に格下げすることにした。今後の本ブログ宜しくお願いいたします。

今回の作品は昭和49年夏、喜多方駅で撮影した日中線のC11。
       

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2020年5月3日日曜日

春を告げるドラフト音

函館山線の檜舞台。これは本運転前の試運転列車
今回の作品は函館山線お約束の羊蹄山。山に雲がかかっていないのが理想的だが、列車と山のバランスが良い構図は「お立ち台」北四踏切から少しだけ離れたところにあった。C62のドラフト音が響いたGWを過ぎると、この地には遅い春が訪れる。
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2020年5月2日土曜日

叶わなかった願い

1989年GWを駆け抜けるC62
復活したC623号機は最高速度85km/hに抑えられたが、ファインダーを通じてのスピード感は高速列車を彷彿させた。東海道山陽という二大幹線に君臨したC62、願わくば線形の良い千歳・室蘭線で前年国内運行を行った「オリエントエクスプレス’88」を牽引する姿を見たかった。
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2020年5月1日金曜日

1994年5月1日

 今回の撮影地はC62復活に際して整備された私有地。カメラマンからは持ち主の名前にちなみ「金五郎山」として親しまれたポイント。1994年GWは若手カメラマン2名を交えた5人の特別セッションで、「金五郎山」には若手に煽られて駆け登ったのも懐かしい思い出だ。
 そしてもうひとつ、この日には忘れることができない出来事がある。それが「アイルトン・セナ死亡」。1994年5月1日、F1サンマリノGPでの事故から今日で26年が経つ。
「金五郎山」には通過5分前に駆け上がってきた。
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