2018年6月30日土曜日

あっという間に。

 今回の作品は昨日の「カシオペア紀行」。関東地方からあっという間に抜けていった梅雨前線を追いかけるかのように青森へ旅立っていった。振りかえるとこの「間」、今年の桜前線の動きと似ていることに気がついた。例年とは違う今年の動きは何かの前兆なのだろうか、あるいは地球46億年の歴史でのほんの小さな出来事なのか。
 「イレギュラーも続けばセオリーとなる」、暫くは自然界の動きに目が離せなさそうだ。
期せずして定点撮影となったが、6/3、11のブロクと比べてみると空の違いが際立っている。
(カメラ CANON EOS7D) 
 

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2018年6月29日金曜日

梅雨明けの青空

 関東甲信は今日梅雨明け、前年より22日も早いという。振り返ってみると今年の6月は入梅前、梅雨、梅雨明けを同一月で経験する月になった。見上げてみると今日の空は、まさに夏空。今年の夏空は「22日」長くなりそうだ。
夏の光を受ける舎人ライナー300形。(カメラ RICOH GRデジタルⅡ)


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2018年6月28日木曜日

好奇心の旅

 時節に相応しい写真をセレクトしていると懐かしいシーンが蘇ってきた。ここは昭和58年に撮影した小雨混じりの国鉄飯田線 唐笠駅。現在の様子をGoogleマップで見てみると景観に大きな変化はないようで、隣接する天竜川ライン下りの終着港「天竜ライン遊船 唐笠港営業所」が残っているのも嬉しい。
振り返ってみると、なぜこの駅で下車したのかが思い出せない。このショットを見る限りでは一人旅の気楽さもあって「あそこから観たらどうだろう」というワクワク感だけで降りただけのようだ。理由はいらない好奇心の旅では、現地で見聞き感じたことを心のキャンパスに描くだけでいい。
飯田線を全線走破した急行「伊那」。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム コダクローム KR)
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2018年6月27日水曜日

青空には「粋」

 東武特急「スペーシア」には「雅」「粋」「サニーコーラルオレンジ」、そして金色の「日光詣スペーシア」の4色がある。ここ数日の夏を先取りしているかのような天気を見て思い出したのが今回の作品。青空の下、バランスの良かったカラーは淡いブルーの「粋」編成。東武のフラッグシップトレインには小粋な隠し味があるようだ。
「粋」編成は3本。(カメラ CANON EOS7D)
            
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2018年6月26日火曜日

競馬場のある街

♪忘れられない 夏のような日々が ある日突然僕をせつなくさせる 競馬場のある街で僕らは恋をしていた♪(高橋幸宏「青空」、作詞 森 雪之丞)。この歌詞の世界観には懐かしい響きがあった。競馬場のある街に通った3年間、通学路はこの改札口から右方面だった。振りかえってみると記憶に残っている光景は「抜けるような青空」だけ。雨も風も更には季節の変化もあったはずだが全く記憶がない。だが不思議な事に駅の変化は覚えている。昭和53年に退避設備が完成した時も青空があった。
♪僕の後ろに空と未来があった♪人生の踊り場からも青空はある。そして夢のつづきも。
ここ船橋競馬場駅は開業以来、4回改称している。

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2018年6月25日月曜日

珍客万来

 真岡鉄道は元 国鉄真岡線。第三セクター化後は「SLもおか号」を除くと「国鉄形」を見ることはなくなった・・・はずが、突然JR東日本のキハ40が来たらどうだろうか。この時は益子の陶器市にあわせて運行されたJR線からの団体列車だったが、創生期の真岡鉄道では稀に見る事ができた珍客だった。現在JRからの乗り入れ列車は検測車「East-i D」のみ。ドクターによる年に一度の「健康診断」だ。 
北真岡付近を行く「盛岡色」のキハ40
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RDPⅡ) 
          

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2018年6月24日日曜日

ワンショット

 動きモノを撮るうえで重要なカメラスペックにシャッタースピードのタイムラグがある。今回のように真横から「鉄柱が重ならない位置」での撮影ではポイントになるスペックだ。理想としてはタイムラグが少ないカメラだが、機種によって差があるのでまずは機材のクセに慣れること。そこで自らの感覚をつかむ事ができれば準備OK。本番では連写ではなくワンショットで捕える方が良い結果になるようだ。 
「モーニング」ショット
(カメラ CANON EOS7D)


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2018年6月23日土曜日

こだわり

 昭和59年(1984年)は九州島内全てのブルートレインと上野口、田端機関区限定の「あけぼの」「ゆうづる」にヘッドマークが復活した年。翌年のダイヤ改正から全ブルトレにヘッドマークが装着される先駆けとなる大きな出来事だった。
 当時、注目されたのはヘッドマーク復活の狼煙がかつて全国に先駆けてヘッドマークを廃止した九州地区からあがったことで、「商品としての寝台特急のイメージアップ」を狙った施策として「九州島内全てのブルートレイン」を対象にしたことから、複合愛称「あかつき・明星」、関門トンネル用機関車にも装着するという徹底振り。新たにデザインされたヘッドマークの数々はファンの注目を浴びたものだった。今回の作品は東京発「さくら」を待つ関門トンネル用EF81、後に新幹線に愛称が転用されるとは思いもよらなかった頃の記録だ。
下関~門司、一区間のブルトレへのマーク装着。このこだわりが嬉しかった。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
       
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2018年6月22日金曜日

夏至ならでは。

 昨日は夏至。一年で陽が一番長くなるこの時期で嬉しいことは「光量不足」で撮影が難しかった時間帯での撮影が可能になること。かつて夏至近くになると早朝5時台に上野駅へ到着する寝台特急「ゆうづる」を「ISO100」のリバーサルフィルムで撮るため、早起きしたのも懐かしい思い出になっている。動きモノをフィルムで撮る時代では有難かった自然からの恩恵も、近年はその恩恵に与る機会が少なくなって久しい。
最盛期は7往復を誇った「ゆうづる」。ブルトレ編成は上野口では早朝、深夜に限られたため撮りずらい列車だった。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RDP)

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2018年6月21日木曜日

そこにあるもの

 梅雨空の下、菖蒲が今がまさに見頃を迎えているのが小岩菖蒲園。京成江戸川駅から徒歩数分の距離なので、散歩がてら訪れる人も多いスポットだ。ここは背景に京成線の鉄橋があることから、タイミングよく電車を収めると「季節の中の京成電車」が出来上がるビューポイントでもあるが、写真で今昔を比較してみると景観も変わっていることに気がつく。その最たるものはJR市川駅隣地のI-linkタウンで、見事に鉄橋にかかってしまっている。あとは園内に「東屋」も増えたような・・・。創作の楽しみは、今「そこにあるもの」をどのように活かすかにある。アプローチの仕方は人それぞれだが、気をつけたいのは自身のイメージが先行しすぎないことだ。せっかくの旬な素材を「やらせっぽく」演出してしまうことになりかねない。
空が抜けていた1994年は「新赤電色」が健在の頃。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム エクタクローム EB)
近年の光景。モーニングライナー通過中。(カメラ CANON EOS7D)


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2018年6月20日水曜日

もう一台の「レインボー」専用機

 今回のテーマは2016年4月29日のブログ「レインボーから始まった。」(https://gazosousakunin.blogspot.com/2016/04/blog-post_29.html)で紹介した「レインボー」専用機だったEF65PF。
 昭和62年、東京北鉄道管理局の欧風客車「スーパーエクスプレス レインボー」登場に伴いレインボーカラーに模様替えした機関車はEF65 1019号機とEF81 95号機。その塗装は驚きをもって迎えられ、特に車体側面の形式名はインパクトが大きかった。その後、平成10年(1998年)にEF65は二代目1118号機と交代、更に平成12年に客車自体が引退した後もレインボーカラーを堅持していた両機の一角が崩れたのが平成27年10月。故障した1118号機が修理不能と判断され廃車となっている。片やEF81 95号機は今年5月全般検査を受けた際もレインボーカラーで出場。「レインボー」伝説はまだ続きそうだ。
 今回は在りし日のレインボーカラーのEF65PFをアップしてみた。 
 
EF651118号機も記憶に残る機関車、特急「瀬戸」の瀬戸大橋初入線とブルトレ最終日の牽引を担っている。
「エルム」を牽引する1019号機。


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2018年6月19日火曜日

知恵と工夫

 「カネは無くとも知恵で勝負」。とは言い過ぎかもしれないが国鉄晩年の昭和60年から毎年のように魅力的なリゾート列車を誕生させていたのがJR北海道。最盛期には6編成揃った中で国鉄時代に誕生した3編成は、在来車を種車とした自社工場での改造だった。今回の車両も国鉄時代の北海道オリジナル改造車で、片運転台のキハ56に廃車となった他車の運転台を溶接し両運転台車にしたもの。 技術の世界では「餅は餅屋」。鉄道屋の「自らで造る」という知恵と工夫は今、継承されているだろうか。
模型のような両運転台の2エンジン、2軸駆動のキハ53。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
   
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2018年6月18日月曜日

ブルトレ少年の記録(9)

 20系寝台特急のオアシスだった食堂車 ナシ20。東京発九州特急がファンから支持されたのは列車ヘッドマークと食堂車の存在が大きく、食堂車での食事はブルトレ乗車記事では「お約束事」だったこともあって、ブルトレ少年にとってはブルトレ乗車での重要なチェック項目だった。残念ながらその当時「走るホテル」での食事は叶わなかったが、後に大阪の交通科学館で保存されているナシ20で「食堂営業」していることがわかった。来阪の際、忘れていた「お約束事」を思い出したエピソードは今も懐かしい。#ブルトレ少年

ナシ20は「あさかぜ」で始まり「あさかぜ」で終わった。

交通科学館時代のナシ2024号車、現在は京都鉄道博物館で保存されている。
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2018年6月17日日曜日

並走

 今回の作品は京成初代AE形「スカイライナー」と常磐線特急485系「ひたち」。タイミング良く両者が並んだところを捕えている。
 ブログにアップするに際して気になったのが「モハ484 607」の去就。ざっくり調べてみると製造は1974年で仙台区に配属、その後1985年紀勢線「くろしお」増発に際して関西地区へ転属し民営化直前は福知山区所属でJR西日本へ継承、2010年まで北陸特急「雷鳥」で活躍、既に鬼籍入りしている。一方、初代AE形の製造は1972、78年、時代に翻弄されながらも1993年から3400形に改番の上、通勤形に改造されて現在も健在。共に走る二つの特急車、どちらのあり方が幸せなのだろうか。
一瞬の交錯
(カメラ CANON New-1、フィルム フジクローム RDP)
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2018年6月16日土曜日

ただ、それだけで。

 JR日暮里駅北口傍の陸橋は、スカイライナーから山手線まで一望できる人気のあるスポット。かつて写真家の広田尚敬さんがキヤノンの広告でここから見える全ての線路に「合成」で列車を通した作品を発表された時は衝撃的で、デジタル時代の可能性を垣間見た気がしたものだ。
 ここにはイベント列車系の列車が上ってくる日は、多くの人が集まるがこの日は特に情報はなかったのでがギャラリーに「何か来るのですか?」と聞いてみると「子供が電車好きなもので・・・」と返事が返ってきた。ただ、それだけでいい。何か忘れていたものを思い出させてくれた気がした。
線路数は14線。様々な列車が行き交う。この作品は合成ではなく一枚切り。
(カメラ CANON EOS7D)

       

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2018年6月15日金曜日

制御車になった「サ」。

「サ」は国鉄~JRの車両記号で付随車を示している。「サ」の云われは「ハサマル」からで先頭の「ハ」は既に三等車で使用されていたこともあり、次位の「サ」が採用されたという。
 今回の作品は国鉄末期の昭和59~60年にかけて、その「サ」から制御車に改造されたクハ455形700番台と600番台。種車は前者が付随車サハ455形、後者がサロ455形で背景には急行形を近郊形へ転用するに際して不足する制御車を改造によって充当したものだ。改造に関しては車体端面を切断し既に製造済みの運転台ブロックを溶接する工法で行われ、この工法は同時期に運転台取り付けを行った特急形、近郊形車両でも採用されている。
 この中でクハ455形700番台は、今もJR西日本で413系近郊形電車と組みながら現役で運用されており最後の国鉄急行形車両としての存在感を示している。
クハ455 700番台

クハ455 600番台は、元グリーン車

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2018年6月14日木曜日

ブルトレ少年の記録(8)

 今回の作品は20系客車の代表的なB寝台だったナハネ20形。定員54名寝台幅52センチの3段寝台は、輸送力確保のために昭和33年当時の標準仕様だった。寝台設営の模様は大宮の鉄道博物館のナハネフ22形車内にて再現されているが、九州特急では全ての寝台のセット、解体は人手によって走行中に行われており日常の作業として当時のブルトレ乗車記事では必ず紹介される「儀式」だった。とにかく人手がかかった寝台設営は、20系以降の新系列の寝台車では自動化、省人化に重点が置かれるようになり、寝台設備の改善と呼応して結果的には乗客による「セルフ」化へ進んでいくことになる。#ブルトレ少年
ナハネ20 500番台は座席車ナロ20形からの改造車。(ネガカラー)

人手が頼みだった寝台設営。

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2018年6月13日水曜日

たかが重連、されど重連。

 栃木DCでの真岡鉄道の重連運転も17日が最後になる。前回の3日はC12のトラブルで運休になったこと、天気もまずまずの予報なので沿線には多くのギャラリーで賑わいそうだ。真岡鉄道の重連はC11、C12の異形式による重連、機関車の組み方によって列車の印象は変わる。定番の組み方ではC11が先頭に立つが、今回の2010年1月の重連運転では上り列車で珍しくC12が先頭に立った。水面が凪いでいるとき、川は鏡になる。この日の鏡と空に映る二本の煙は大きかった。
川面に映る列車狙い。当時は稀なアングルだった。
(カメラ CANON EOS-1vHS、フィルム フジクローム RVP)

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2018年6月12日火曜日

ここから変わったのは・・・。

 今回の作品は2005年に沿線沿いのとあるマンションから撮影している8両編成時代の新京成8800形。振り返ってみると8両編成での運転を開始した1982年以降、新京成沿線で大きく変わった出来事としては他路線との接続強化と京成千葉線への片乗り入れがある。
 長らくJRと京成だけだった接続は北総、東葉高速とのアクセスがなされたことで乗客の流れが分散、混雑緩和に繋がった。更に入線が6両に制限される京成千葉線に合わせて全編成6両に統一したことで輸送力の平準化がなされている。一見後退した印象もあるが、沿線人口の減少も踏まえつつ大量輸送からバリアフリーも考慮した効率輸送への転換を図ったことは評価できそうだ。
 蛇足になるが私的に驚かされたのはこの作品を撮影した「沿線沿いのとあるマンション」は数年後にスクラップ&ビルドとなったこと。派手なカラーリング電車の登場に勝るとも劣らない驚きだった。
組み換えの公式:(3編成×8両)=(4編成×6両)
(カメラ CANON EOS-1vHS、フィルム フジクローム RVP)
            


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2018年6月11日月曜日

去就が気になる「カシオペア」

 団体ツアー「カシオペア紀行」で活躍中のE26系客車「カシオペア」。現在の運行ルートはJR東日本エリア内に留まっており、ツアーは北海道へ北海道新幹線で渡道するコースが定番になっている。
 そのE26系客車について、次回の全般検査(オーバーホール)がなされないという噂が囁かれ始めている。検査切れでは本線運転を行う事はできない。更に牽引機関車の検査周期とも合わせるとどうやら東京五輪の2020年が節目になりそうだ。さてどうなるのだろう。言えることは、列車が走っている今だから出来る事はまずやっておくことだ。
6月9日はロイヤルエンジン81号機が牽引した「カシオペア紀行」
(カメラ CANON EOS7D、レンズ EF35ミリ)

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2018年6月10日日曜日

「朱鷺」の記念日

 今日6月10日は「時の記念日」、云われは671年日本書紀に遡るという。だが鉄道ファンにとって6月10日は1962年上越線初の特急として「特急とき」が上野~新潟間に運行を開始した「朱鷺の記念日」。命名時「朱鷺」という特別天然記念物・国際保護鳥が佐渡にいることは広く知られてはいなかったという。その周知に「特急とき」が貢献した事は少なからずあったようだ。「とき」の愛称は上越新幹線に召し上げられた後、一度「あさひ」に飛び去ったが2002年再び舞い戻り現在に至っている。今回は朱鷺の記念日にちなんで、歴代の国鉄「とき」をまとめてみた。
           晩年の主力183系1000番台は雪に強かった。 
「こだま」形181系、最後の華が「とき」だった。
新幹線「とき」は200系からE2、E4時代を経てE7時代に。
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2018年6月9日土曜日

日本の美称「みずほ」

 瑞々しい稲の穂を意味する「瑞穂」。「瑞穂国」は日本書記において日本の美称として使われており、時節で言えば田植えが終わった水無月に相応しい表現でもある。その「瑞穂」を頂いた列車として忘れがたいのは、東京~熊本、長崎を結んでいた寝台特急「みずほ」。昭和36年~平成6年まで九州ブルトレの一角(5、6列車)を担っており、目的が西鹿児島行「はやぶさ」、長崎行「さくら」の補完ということもあってかその立ち位置はその名前らしからぬ控えめなものだった。ブルトレ「みずほ」は平成6年に廃止されたが、再び脚光があたったのが平成23年。九州新幹線全通に伴い新大阪~鹿児島中央間の最速列車に起用されたのだ。その列車名「みずほ」には新幹線沿線に豊かな実りを提供することが込められているという。どうやら新幹線「みずほ」の将来は安泰のようだ。
所定では14両の「みずほ」だが、晩年は繁忙期を除き12両に減車されていた。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクロ-ム RVP) 

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2018年6月8日金曜日

ブロックパターン

 中央東線特急「あずさ」「かいじ」に使用されているE257系の側面に描かれている菱形のブロックパターンは、各車同一ではなく桃色、碧色、黄色、青紫、銀色を組み合わせて構成されている。そのため「お好みの配色」を狙うとすると「号車チェック」を必要とする手間がかかる被写体だ。
 また案外と知られていないことはブロックパターンの角度。グリーン・普通合造車の8号車を除いて東京、新宿側に傾いているのは、角度のついた塗装の先駆者185系と通じるところがありE257系が185系を置換えるというのも不思議な縁を感じる。
 JR東日本のPRでは今年度は「かいじ」を主に新形E353系への置換えが進められるという。ここ万世橋からの眺めも「平成の風景」、ブロックパターンを記録するのは「今、でしょ」なのだろう。
ブロックパターンの角度の違いがわかるE257系の8、9号車。
(カメラ RICOH GRデジタルⅡ)

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2018年6月7日木曜日

津田沼に歴史あり

5月18日のブログ「定点になる目印」(https://gazosousakunin.blogspot.com/2018/05/blog-post_18.html)でイオンモール津田沼が元 京成電鉄津田沼第二工場跡に建設されたことに触れているが、更にそのルーツを探ってみると陸軍鉄道第二聯隊に行き当たる。ここは第二聯隊の車両工場部分で昭和29年9月から京成電鉄が借り受けて津田沼第二工場にした歴史がある。
 津田沼エリアは第二聯隊の存在が大きかったこともありその遺構探しは、古くから調査対象になっている。特に隊門は現在も千葉工業大学津田沼キャンパスの「赤煉瓦門」として健在で、ここが聯隊の中心だったことを後世に伝える貴重な存在となっている。
元陸軍鉄道第二聯隊の敷地に立つイオンモール津田沼。
(カメラ CANON EOS7D)

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2018年6月6日水曜日

宝袋尊が見つめる

 柴又七福神 宝袋尊を祀ることで知られる良観寺。山門を振り返るとそこは踏切があった・・・が今回の作品のテーマ。そこに電車を通してみると「京成電車のいる風景」が出来上がる。
 柴又七福神めぐりは徒歩で1~2時間かけて七つの寺院を巡るが、これを切っ掛けに京成金町線沿線を歩いてみるのも良いものだ。沿線散歩からの気づきは、次の作品創りにとって大事なプロセスになる。
京成カラーが似合う山門。
(カメラ CANON EOSRT、フィルム フジクローム RVP100)
 
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2018年6月5日火曜日

東松原、行ってはみたものの・・・。

 京王電鉄のHPによると6月4~17日に井の頭線 東松原駅で紫陽花のライトアップがなされるという。予てより気になっていた演出だったこともあり、ロケハンがてら訪れてみると今年は主役の紫陽花がほとんどないことに気がついた。ライトアップ以前の問題に困惑しながらも「それらしい」紫陽花を見つけ構図を決めたのが今回の作品。ここでのキモはプラットホームの乗客の存在。物語性を持たせる事で単調な光景に変化を与えている。
 とわいえHPでリリースする程ではなかった東松原の紫陽花ライトアップ。来年はどうなるのか気になってしまった。
余計なものを電車で隠す。一瞬のタイミングが作品の成否を決定する。
(カメラ RICOH GRデジタルⅡ)
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2018年6月4日月曜日

ちょっとした違和感

 今回の作品はJR九州787系電車のビュッフェ車サハシ787形。1992年九州で復活した「特急つばめ」での供食サービスのあり方として、既に在来線特急で消えていたビュッフェの復活は大いに注目されたものだった。列車時刻表ではビュッフェは「珈琲カップ」。そのビュッフェ車に貼られた食堂車の「ナイフ&フォーク」マークには違和感を覚えたが、乗客には好評を持って受け入れられた。
 しかし、このビュッフェ車の活躍期間は1993年鉄道友の会ブルーリボン賞を授賞した頃をピークに九州新幹線部分開業の2004年までと短かく、以後はローカル特急へ転進に伴いビュッフェは不要になり座席に改造、現在に至っている。
「つばめ」のアクセントだったサハシ787形。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP)
  
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2018年6月3日日曜日

晴れ間に誘われて。

 季節の歩みが早い今年、関東でも入梅近しという予報を聞くと貴重な晴れ間は有効に活用したいもの。特に夏至を挟んで陽が長い六月は、団体列車「カシオペア紀行」ツアーが土曜を中心に毎週運行されることもありフィールドでの撮影チャンスが広がる季節でもある。
 今回の作品は昨日の盛岡行「カシオペア紀行」。新幹線「はやぶさ」で2時間10分余りの距離を夜を徹して行く孤高な列車の旅立ちが今月のファーストショットだった。
「カシオペア」北へ。
(カメラ CANON EOS7D)


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2018年6月2日土曜日

重連らしさ。

明日6月3日は5月22日のブログ「真岡鉄道SLイベント」(https://gazosousakunin.blogspot.com/2018/05/sl.html)で紹介した栃木DCでの二回目の重連運転の日。栃木DCの目玉的なイベントでもあり、予報では入梅前の貴重な晴れ間ということもあって沿線には多くのギャラリーが訪れそうだ。ところでいざその場に立ってみると毎回頭を悩ますテーマが「重連らしさ」をどう表現するか。二台の機関車が生み出すひとつの光景。それを模索するためフィールドに立つ。
二本の煙
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
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2018年6月1日金曜日

販売終了、EOS-1v。

 5月30日のキヤノンPRによるとフィルム一眼レフカメラ「EOS-1v」の販売を終了するという。「遂にこの日が・・・」と「まだ、売っていたのか!」という思いが交錯する中、確かなことはキヤノン製品から「フィルムカメラ」のカテゴリーが消え「カメラ=デジタル」なったことだ。まさに時代はデジタル全盛期といった中、今若い世代でフィルム写真が見直されているという。その背景には「一枚一枚、しっかり撮る」、「現像が仕上がってくるまでのワクワク感」等の想いがあり、それは今も昔も変わらないことに気づかされる。PC使いのべテランファンがデジタル一辺倒になっているのに比べ、フィルムとの共存を図っているのは「フィルムを知らない」若い世代故かもしれない。そう思うと「休車状態」のフィルムカメラへ、久々にフィルムをセットしたくなってきた。「まだ、忘れていないよ!」を自覚するために。
自身のフィルムEOS一式。頂点のカメラがEOS-1v。

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