2016年7月31日日曜日

海に近いところにある駅

「日本海縦貫線」の信越本線。ここからの夕景は美しい。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクロームRVP) 
 「海に近いところにある駅」信越本線青海川駅は、テレビドラマのロケに使用されたことで広く知られることになった駅。地形的には河岸段丘の下に沿って作られているのが特徴でもあり、鉄道名景の一つにもなっている。 ところが2007年新潟中越沖地震によって写真の左にある崖、法面が崩落し、その復旧工事によって山側の景観は変わったが海側への影響が少なかったのは幸いだった。梅雨が明けたこれからの時期、その海が多くの海水浴客で賑わう季節となる。隣駅の鯨波との間には良い海水浴場が多いそうだ。   
鯨波~青海川を行く「北越」、この列車も「新幹線」開業と共に消えた。 
               
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2016年7月30日土曜日

夏雲とカシオペア

 梅雨明け後、最初の土曜日となった今日は晴天。その天気に誘われて、今日は久々に「北とぴあ」へ行ってみる事にした。展望ロビーから眺めてみると青空に浮かぶ夏雲が良いアクセントになっていたので、雲を入れた構図をメインに撮影することに。中でも6月から土曜日「定番」となっていた札幌行「カシオペア」の運行が8月で一区切りとなることから、「カシオペア」を中心に狙ってみたが、結果は見事に上り電車に被られてしまったのは残念だった。
 9月からの「カシオペア紀行」「カシオペアクルーズ」は、行先が山梨・長野となり宇都宮(東北)線は運行しなくなる。沿線で記録するチャンスはあとわずかだ。
今日の牽引機は、「北斗星」色のEF81だった。
(カメラ CANON EOS7D)

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2016年7月29日金曜日

東武線を行く「東急 田園都市線」。

東武線の東栗橋、久喜まで運行される「東急 田園都市線」8500系
(カメラ CANON EOS7D、レンズ EF70~300ミリF4~5.6L IS)

 
 東急8500系は新玉川線と地下鉄半蔵門線との乗り入れに対応して、1975年から製造された「昭和のステンレスカー」。潔い切妻の正面、コルゲートの入った車体は、いかにも「東急らしい」電車として、長年「東急 田園都市線」の顔として定着していた。 現在は、東武線を含めた三社乗り入れが実現していることもあり、東武線内で見かける機会も増えたが、今や「田園都市線の顔」だった車両もこの沿線では最古参となってしまった。
とはいえ、10両の堂々とした編成で埼玉、東京、神奈川をロングランする姿は貫禄十分で、「軽い」近年のステンレスカーとは異なる「重み」を感じさせてくれる。 車両としては廃車も始まり、そろそろ後継車との置換えも検討される時期にさしかかっているが、しばらくは「田園都市線の顔」を譲ることはなさそうだ。  
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2016年7月28日木曜日

蒼い海を見ながら。

 駅名愛称ネーミングライツで話題の銚子電鉄。経営再建に取り組んでいる中での企画だが、全駅に「スポンサー」がついたという。「地球の丸く見える丘展望館」から見る景色では埋没してしまうような小さな鉄路が、多くの支援者に支えられていることは凄いこと。一過性の出来事ではなく、末長く定着される事を願わずにはいられない。ちなみに銚子電鉄を走る電車は、元 京王帝都電鉄。冷房改造はされているが「昭和の京王線」は、ここ銚子に健在だ。 
在籍する電車は3編成。伊予鉄道から転入している。
 (カメラ CANON EOS7D)

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2016年7月27日水曜日

逆輸入された「丸ノ内線」

 昨年6月19日のブログ「英国タバコの包装の色」 で紹介した営団 丸ノ内線の「赤い電車」500形が、アルゼンチンから「里帰り」したという東京メトロのニュースリリースには驚かされた。「里帰り」の先例としては、2007年譲渡先の長野電鉄から里帰りした日比谷線用3000系があり原形に復元の上保存されているが、今回20年ぶりに日本の地を踏んだ4両の元「丸ノ内線」電車も修復の上保存されるとのこと。 東西線用5000系、千代田線用6000系と保存候補が揃っている東京メトロ。今後の動向にも注目したいところだ。
現役時代の500形。再び東京を走るのだろうか。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RDP)


地下鉄博物館に保存されている丸ノ内線300形のトップナンバー。
原形復元ではなく最末期の状態で保存されている。
    

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2016年7月26日火曜日

ブランコ

 小湊鉄道 上総大久保駅傍にあるブランコ。麦藁帽子を被った子供が似合いそうな夏らしい光景だ。 列車がいない時間は、周囲に目を向けてみたいもの。新鮮な発見が出来るかもしれない。それをアルバムの余白に記しておく。 案外とこちらの方がネタとしては面白いようだ。
小湊鉄道には「かずさ」、「かづさ」と二通りの「上総」がある。
ちなみに、ここは「かづさおおくぼ」。(カメラ CANON EOS7D)

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2016年7月25日月曜日

扉の先には。

 昨日、このブログの国別のページビューで、初めてアメリカが日本を上回ったとのこと。THANK  YOU!、感謝致します。  
 
 今日の一枚は、ドアの向こうに見えた485系に注目してスナップしたときのもの。良く見てみると「ユーモラスな顔」に思えたことからカメラを向けたようだ。 オチとしては撮影した手前の車両も同型の485系というところにもあるが、肝心な事なことは「気になったら、まず動いてみる」ということ。その時の「初めの一歩」を踏み出す勇気こそが、自分への「動機付け」になるものだ。   
向こうは到着、こちらは出発。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)


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2016年7月24日日曜日

「避暑地」の朝

 梅雨明けしていない関東地方、今朝は湿度の低い「避暑地」の爽やかさだった。 涼風に誘われて出かけてみると、この時間は北海道か軽井沢かと思ったくらいの心地良さ。 その中を行くオーシャンブルーの「ニューなのはな」、今日だけは海よりも山が似合う「高原列車」だった。  
高原列車が行く。(カメラ CANON EOS7D)

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2016年7月23日土曜日

歴史的橋梁が残る路線

 今月発売の「鉄道ファン」誌(No.665)に掲載されている小野田 滋氏の記事によると、1901~1914年にかけて国内に架けられたアメリカ製200フィート単線上路ボルチモアトラスの21橋のうち、現存するのは4橋だという。JR磐越西線の一ノ戸川、蟹沢、秩父鉄道の浦山川、安谷川の各橋梁が該当し、特に秩父鉄道のトラスは磐越西線の阿賀野川当麻橋梁から転用されたものだそうだ。
 いずれの路線も蒸気列車が走ることから、これらの橋にもカメラを向けていたがその中で蟹沢橋梁を除く3橋をアップしてみた。それぞれ趣があるが、その歴史を知ると更なる関心も生まれるもの。建築物として橋の世界も奥が深そうだ。   

秩父鉄道 浦山川橋梁

秩父鉄道 安谷川橋梁

磐越西線 一ノ戸川橋梁


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2016年7月22日金曜日

斬新さと短命さが共存した「Σ」電車。

 1979年、北総開発鉄道(現 北総鉄道)開業に伴って新製された7000系電車は、新たな「ニュータウン」に相応しい「斬新なコンセプト」の車両だった。この車両を語るに欠かせないエピソードはΣ状の前面形状で、運転席からの下方視界確保に優れ「踏切の無い」自線内より暫定乗り入れ先だった新京成線内での踏切事故防止に効果があったといわれている。その他「日本初」の試みとして、ステンレス車体に難燃性のカラーフィルムを貼ったこと、吊り手を廃し車内には握り棒が配された事だろう。
 特に吊り手のない車内は、完全空調により固定化され熱線吸収ガラスの採用でカーテンが消えた窓とともに「新しい時代の電車」を感じさせたが、利用客からはその斬新さに戸惑いがあったのも事実だった。その後、全車に吊り手を設置、増結車では開閉窓への変更など「使用状況に合わせた」改造がなされていったのは仕方の無いことだった。このユニークな車両が全車廃車になったのは2007年。製造後30年にも満たない車生になった。現在、7001号車が西白井駅構内にビニールシートに覆われて残されているが一般公開はなされていない。安住の地はどこになるのだろうか。
特徴的な前面も正面から見ると平凡。だがステンレス鋼の多面的加工は難儀だったという。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP)

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2016年7月21日木曜日

奥多摩に響いたホイッスル。

 1998年までJR青梅線には、奥多摩地区で採掘される石灰石を運搬する貨物列車が運行されていた。 古くはED16形、その後はEF64形電気機関車が使用され、特に後者では上越線向け耐寒耐雪仕様の1000番台が転用されたことで話題になったものだ。 ローカル線の雰囲気満点の青梅~奥多摩を行く石灰石列車は、沿線の景色に合っており桜の季節には多くのファンがカメラを向けていた。廃止が囁かれてからはご多分にもれず「サヨナラフリーク」も増えたが、昨今のような「異常事態」ではなかったように記憶している。 石灰石輸送廃止後の青梅線は、中央線とリンクした「通勤路線」へ変貌し、貨物は横田基地向けジェット燃料輸送の臨時貨物が残るのみとなっている。 
廃止に際し、機関車には惜別のヘッドマークが着けられた。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP)

満開の古里付近を行く上り石灰石列車。 


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2016年7月20日水曜日

夏らしさを求めて

 梅雨明け近くなり、少しづつセミの鳴き声が聞こえてくると夏本番を感じる。そんな中で、夏らしさを探してロケハンしてみると、そのポイントはすぐ傍にあったりもする。
 今回の一枚は、写真家の広田尚敬さんが、かつて「日本の私鉄」で作品を発表された「地元」のポイント。今は「常盤平ゆりのき通り」の一部になっているが、当時は「全く」目も止めなかった景色から切り取られた新鮮なアングルには驚かされたものだ。
 それ以降、この場所で自分なりに撮り込んでみたが「百合樹」は成長が早いことから、剪定がなされる回数も多く、イメージに近いボリュームとなるには数年かかりになることもある。加えて経年よる樹の植え替えの噂もあり、今の景観を記録するのは早めの方がよさそうだ。
交通量がそこそこある道なのでクルマの扱いが難しいポイント。もちろん安全第一だ。
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2016年7月19日火曜日

「軽井沢」特急、そよかぜ。

 特急「そよかぜ」は、1968年から1997年北陸新幹線長野開業まで運行された「軽井沢」をターゲットにした「リゾート特急」。高原の微風にちなんだ愛称は「国際的観光地 軽井沢」ご用達列車にふさわしく、乗客はビジネスより避暑やゴルフなどのリゾート客が主だった。そのためグリーン車需要が高く、信越特急はグリーン車二両連結が「標準」の時代だった。  
 北陸新幹線開業によって「軽井沢専用」特急は廃止されたが、今は全列車にグランクラス、グリーン席が備えられたE7、W7系新幹線が軽井沢を往来する時代となった。高原の「そよかぜ」は、最高速度260km/hの疾風となり、日々信濃路、北陸を駆け抜けている。
「絵入りヘッドマーク」に変更直後の「「そよかぜ」。金沢特急「白山」の間合いだった。

中軽井沢特急の「そよかぜ」も晩年午後発の列車は上田行きとなった。


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2016年7月18日月曜日

海の日

お立ち台から見る783系「かもめ」。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP)
 今日は海の日ということで、思い出したのがこの一枚。 ここは、長崎本線 多良~肥前大浦にある白浜海水浴場を背景に特急「かもめ」を撮影することができるビューポイントで、昔から多くの作品が発表されている有名な「お立ち台」でもある。この場所では「海の色合い」がポイントで、穏やかな状態であるか否かが作品の成否を決めることになる。 この時は、階調にもの足りなさはあったが良い表情を見せてくれていた。 やはり海は荒れるより穏やかである方が良い。   
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2016年7月17日日曜日

さようなら、ニューなのはな。

 JR東日本千葉支社のジョイフルトレイン「ニューなのはな」が今年の8月をもって引退する。1997年に特急形電車485系を改造して誕生したが車体は新製され、お座敷とボックス席に転換できる車内構造が特徴でもあった。これにより団体輸送、波動輸送いずれにも対応可能になり、合わせて交直流電車となったことで運用範囲は先代の「なのはな」に比べて大きく拡大されることになった。
 マルチユースな「ニューなのはな」だったが、その引退によって後継も気になるところ。 さて「三代目」の誕生はあるのだろうか。 

快速「ブルーオーシャン外房」に充当されている「ニューなのはな」。
(カメラ CANON EOS7D)
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2016年7月16日土曜日

45分間のスケッチ

 朝のJR武蔵野線は通勤電車だけでなく貨物あり団体列車ありの賑やかな時間帯。今朝、撮影のため自宅を5:30に出てみると、途中早朝練習に向かう小、中学生とすれ違ったりと夏の朝は早いことを実感する。 その中で、今朝の主役は秋田から団体列車「わくわくドリーム」号。終着の舞浜には7:29に着く。こちらの乗客も朝は早そうだ。
5:45、朝日の中を行くEF65。今朝のファーストショット。
6:30、「わくわくドリーム」号通過。これで帰宅。


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2016年7月15日金曜日

異空間 トウキョウ

 東京駅周辺はミステリアス。特に八重洲口「GRANROOF(グランルーフ)は異彩だ。高層ビルの間にある「屋根」・・・不思議な「トウキョウ」らしい光景。 こういう発見にはワクワクしてくるものだ。   

撮影場所は有楽町マリオン。もちろん「手持ち」撮影。
(CANON EOS7D) 
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2016年7月14日木曜日

昭和と平成の交錯

 復活蒸機の最高峰がJR北海道のC623号機であったことは、蒸機ファンには異論のないところ。C62と接する事ができなかった若いファンからは「伝説」になっているというのは以前ブログでも紹介したが、今回の一枚は「運行中止」が囁かれた時期、小沢駅付近の町並みを行く「平成のC62」をテーマにしたもの。 
 「煙モクモク」構図から離れてみると、平成の時代に昭和の名優が何の違和感もなく収まっていることに驚いたと共に一日でも長くこの景色の中を走り続けて欲しいと願ったものだ。 
あれから20年余り、ここ函館本線からC62は消え、代わりに復活したC11も運行を中止した。北海道新幹線が札幌まで延伸されると「並行在来線」になる「かつての大幹線」は、その存続を問われることとなり、次の元号となる時代は大きな節目を迎えるだろう。
 この写真を「平成までこの町に鉄道が走っていた」記録にはしたくない。これが今の願いだ。
泡沫の夢ではなく、現実だった平成のC62。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
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2016年7月13日水曜日

鉄と蒸気のぬくもり

 今回は、2013年真岡線100周年イベントで子供達が有火状態のC11形蒸気機関車を掃除するという企画でのスナップ。 鉄から伝わってくる蒸気のぬくもりを体感できる機会は、体験型学習としても秀逸かもしれない。 「夏の思い出」として心の絵日記に残して欲しいものだ。
「僕達のSL」
(カメラ CANON EOS7D)

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2016年7月12日火曜日

「KITAcolor(キタカラ)」になった稚内駅

 日本最北端の駅「稚内」、映像でも取り上げられる事も多かった駅舎は1965年に建設された3代目で、現在の4代目の「駅舎」は稚内駅再開発ビル「キタカラ」内にある。ここは鉄道駅のみならずバスターミナル、道の駅などの商業施設の他に高齢者住宅もあるという複合施設で2012年に全面開業した。 その反面、鉄道施設としては、かつて貨物の取り扱いがあった時期には側線が配されていた駅構内はすっかり整理され、今では1番線ホーム一本だけの「最北端の駅」になってしまった。 かつて駅近くのANAクラウンプラザホテルからみた景色からは、駅に発着する列車を見ることができたが、今は「キタカラ」内にあるホームを見ることも難しそうだ。この最北端の駅のあり方はどうなっていくのだろうか。減量経営が続くJR北海道、次の施策も気になるところだ。  
朱色の建物の右手に停車中の「スーパー宗谷」、札幌まで5時間の長距離特急だ
(カメラ CANON EOS RT、フィルム フジクローム RDPⅢ) 
かつての記念写真のスポット「最北端の線路」、今も黄色い車止めはモニュメントとして残っている。

有名だった三代目駅舎。始発駅というより「終着駅」といった佇まいだった。

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2016年7月11日月曜日

モバイルからみるブログ

 ブログの統計データによると、Facebookユーザーがこのブログへアクセスされるツールは「モバイル」が多いようだ。 PCのモニターよりスマホでみることが主だとすると、インパクトのある「目立つ」作品の方が小さい表示の中では良く、今回の作品のようにコントラストは強いが地味な色合いだとスマホのモニターでは何が写っているのかは判りにくいかもしれない。
 写真を観る方法がプリントや印刷物だけだった頃と異なり、今では「モニター」という新しい選択肢が加わったことで、これからは「電子版」アップを考慮した作品にしなければいけない時代になるのだろうか。スマホ写真は別にしても、「カメラ」での作品は「小さな表示」に留めておきたくはないのだが。少し悩ましいところでもある。  

「帰省先の駅」をイメージして撮ってみた茨城交通時代の「那珂湊駅」。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RDPⅡ)
 
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2016年7月10日日曜日

大きく変わる、少しづつ変わる

 大井川鉄道沿線で大きく変わったエリアの代表格が、大井川第一鉄橋、笹間渡駅付近。 川原で水遊びをする長閑なイメージの頃から一変し、今ではこの写真の右手側には温泉施設が併設された道の駅やホテルが建ち、笹間渡駅周辺にも宿泊コテージが誕生した。駅名も「川根温泉笹間渡」と改められ、「川根温泉」の誕生が「何もなかった」エリアを集客スポットに変貌させた感もある。 一方で変わリ栄えのしないイメージがある大井川鉄道も、こちらも経営陣が変わってから少しづつ活気が出始めている。タイミングが合えば「これからの景色」を定点撮影で記録してみたいものだ。
水量の多さが夏らしい大井川を行く「川根路」号。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
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2016年7月9日土曜日

「山岳」線の土讃線。

 多度津と中村を結ぶJR四国 土讃線は、大歩危、小歩危など渓谷沿いにある絶景ポイントで知られている。その路線は、最大25‰の勾配やカーブが多い山岳線で、国鉄時代の優等列車には特急形キハ181系、急行型キハ65といった大出力気動車が投入されていた。特に都市間ネットワークを担っていた急行列車には、2エンジンのキハ58とキハ65がペアだったこともありパワフルな印象だった。JR後は、最高速度120km/hの振子式新形気動車に置き換えられ山岳線を軽快に走り抜けるようになったが、この先はどうなるのだろう。 大幅な路線改良が成されるか、新技術の車両が投入されるか。 
 個人としては、前年度にJR北海道で営業運転に一度も使われることなく除籍となったキハ285系気動車の新技術を土讃線で活かして欲しいと願っている。さてどうなるだろうか。  
本州で見慣れた「特急色」も四国の渓谷では眩しく映えた。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RFP)



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鉄道は大勢の人が利用する公共の交通機関。そこでは安全性が第一に求められる。撮影は鉄道会社、関係者等との信頼関係によるもの。自分だけが安全と思っていてもダメ。ファン同士は良き人間関係を。感謝の気持ちは挨拶から。

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2016年7月8日金曜日

水辺に佇む

五行川を行く、モオカ14形。
(カメラ CANON EOS7D)
 海の日は、ハッピーマンデー施行前は7月20日だった。
本来「海の恩恵に感謝する日」のはずなのだが、ハッピーマンデー化によって本来の主旨が曖昧になった印象がある。
 そんな中、「海の日」に撮影に出かけてみると、海でなくともテーマには「水」を絡めたくなる。
ロケハンしてイメージに近い場所を見つけ、暫し佇んでいると穏やかな川の音が心地よかった。水辺では、耳を澄まして音を聴くのが精神衛生には良さそうだ。

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2016年7月7日木曜日

「天の川」、新潟経由秋田行。

 「天の川」は1985年に廃止されるまで上野~秋田を新潟経由で結んだ寝台急行列車。「天の川」という愛称は、夜行列車の愛称は天体に因んだものと言う国鉄時代の慣例から命名されたものだ。 庄内、秋田地区は上野行夜行列車の需要が高く、1976年、寝台急行の体質改善として「天の川」を20系客車に置き換えた際にA寝台車が二両連結された事が話題になった。この当時は奥羽線寝台特急「あけぼの」にも20系客車が使用されており、車両だけでいえば庄内、秋田地区の「特急」。それほど地元の期待に応えた名列車だった。
 その後の新幹線の開業によって、多くの「天体に因んだ愛称」がお蔵入りした。今後ロマンチックな愛称の復活はあるのだろうか。ハードルは高いがそのような想いを短冊に願いを込めて、今夜天の川を見上げるのも悪くなさそうだ。
急行は郵便、荷物輸送に大事な列車。「天の川」には郵便車が連結されていた。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム コダクローム KR)
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2016年7月6日水曜日

「20系特急」の残り香

 国鉄時代 西鹿児島(現 鹿児島中央)を目指した20系客車による寝台特急は、東京発「はやぶさ」、大阪発「あかつき」。九州内の先頭に立ったのはED76形電気機関車。この往年の寝台特急」の組み合わせは、「臨時急行」に種別を変えてではあるが1996年まで継続されていた。 既に定期列車から引退した20系客車を使用した最後の営業列車となったこの「臨時急行」は、華やかし九州特急全盛期を彷彿させるものだった。 
 この列車の廃止以降、本州~九州を結ぶ寝台特急は縮小が進み、2009年に消滅するとは想像できなかったが、当時から敵は飛行機のみならず新幹線「のぞみ」でもあった。20系特急の時代とは大きく環境が変わっていた中、1960年代の車両が1996年まで運行されたことこそ奇跡だったのかもしれない。   
晩年は帯が2本になった20系客車。目立たないように見下ろしてみる。
 (カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
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2016年7月5日火曜日

格のあった緑帯

 「イ、ロ、ハ」のロは「グリーン車」、三等級制の時代から車体には緑帯(淡緑)が巻かれ、「普通車」とは一目で区別がつく存在だった。 この施策は特急形車両を除いて1978年まで継続され、グリーンマークと共にこの「帯」の存在は、乗車前からグリーン車利用客にステータスを与える力があった。 皮肉な事に塗装規程改定で帯が消えた後は、ステータスも低下し「大衆化」したように思えたものだ。その後、この帯も「国鉄メイク」の一部だということを実感したのは、2010年185系電車に再現されたリバイバル塗装。初めて施されたグリーン帯にもかかわらず、違和感がなかったのは国鉄「1等車」のDNAがあったからだろう。 今、クルーズ列車用に往年の「1等車」が復活し始めている反面、グリーン車の魅力は薄れている。大衆化したとはいえ、グリーン車には求められているニーズはある。「乗車するステータス」を維持して欲しい願うのは私だけではないだけだ。 
帯付時代の普通列車のグリーン車は、中流庶民には縁遠かった。


これが185系電車?と思うほど違和感がないサロ185。 

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2016年7月4日月曜日

富山の「レッドアロー」

 秩父への足として知られている西武特急「レッドアロー」号、初代の5000系電車は西武秩父線の開業に合わせて1969年に製造され、座席指定制の有料特急に相応しいスタイルで注目された意欲作だった。 西武線からは1995年に引退したが、一部は富山地方鉄道へ「車体だけ」譲渡され、主要機器はJR485系、東京メトロからの廃車発生品と組み合わすことで16010形として「再生」された。現在、二編成が活躍しており、写真の16014編成は水戸岡鋭治氏プロデュースの観光列車「アルプス エクスプレス」へ改装されている。同僚にはダブルデッカーを連結した元テレビカー京阪3000系電車も在籍しており、東西私鉄の名車が北陸の地で競っているのは嬉しい限りだ。

観光列車「アルプス エクスプレス」。
外観は原形を活かしているが、内装は木製素材を多用したアコモに一新されている。
(カメラ CANON EOS7D)


西武時代の5000系。評価の高いこのカラーリングは、「レッドアロークラシック」として一編成に復活している。  
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2016年7月3日日曜日

遅れてきた主役。

見頃が過ぎた時期だからこそ,見つかる アングルもある。
(カメラ CANON EOS7D)
昨日は、早稲田、目白台経由で都電の向原へ行ってみた。春の薔薇祭りは終わったが、薔薇の中には今まさに見頃を迎えている種類もあり、暫しカメラを向けてみる事に。 しっとりとした色合いは湿度の高い梅雨ならではで、「遅咲き」というより「遅れてきた主役」といったところ。 花を剪定していた職員の方に聞くと、こまめな手入れが長持ちの秘訣だと言う。 そこに来たのが、古い電車を最新のメカに換装した話題の「新車」。 沿線の薔薇のように長持ちすることを願いたいものだ。


古豪7000形をリニューアルした7700形電車。
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2016年7月2日土曜日

思い切りの悪さ

 今日は、7月の「カシオペア クルーズ」の運転日。この列車は、長岡まで本務機と補機の重連で運行されるが、今回の本務機は正面窓の上に「ひさし」が付けられている133号機との情報があったので、都内に出かけるついでに撮影してみることにした。 狙いは、この機関車のチャームポイントである「ひさし」。これが判るよう構図として補機との連結部を狙うことにしたが、計算違いは列車のスピードで、予想外の「高速」で通過したため動体ブレが生じてしまった。野球に例えると、チェンジアップを待っていたところにストレートが来てタイミングが合わないといったところ。まぁ、行きがけの駄賃だったのでショックは少なかったが、最後まで集中力を保つ難しさを実感することになってしまった。
西日暮里を8:00に通過した「カシオペア クルーズ」、発車が遅れたのか、スピードは速かった。(カメラ CANON  EOS7D)
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2016年7月1日金曜日

通勤電車が往来する青森駅。

 青森駅は、青函連絡船の時代から要所として昼夜を問わず長距離列車が発着した駅。長いプラットホームは12,13両といった特急、急行が停車していた名残でもある。 連絡船が消え、北海道新幹線が開業した後、この駅の主は701系通勤形電車となった。長距離客より地域客のための「電車」は、「キシャ」を一掃した立役者。 見た目は冴えないが、冷房化やスピードアップによるサービス改善がなされたのは「民営化」ならではのこと。この電車の成功で東北地区は「電車化」が一挙に進んだことも忘れる事ができないエピソードだ。今の青森駅には、演歌よりポップスが似合うようだ。  
青い森鉄道にも701系は在籍。青森空港から駅まではバスで35分。
(カメラ CANON EOS7D)

2、3両編成で小回りの効く運用をこなすJR701系電車



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