2016年8月31日水曜日

でも、大丈夫。

 初めて見る蒸気機関車、手を繋ぐ子供達の目にはどのように映っただろうか。 定期的に蒸機列車が運行される路線とは異なり、地方路線での運行では40数年ぶりという事も珍しくない。興味津々なのは親世代も同じ。 この後、汽笛一声に耳を塞ぐおなじみの光景が待っているが、機関助士さんの笑顔が語っている。「でも、大丈夫、怖くないよ」と。
母親と兄弟の対比が面白かったのでスナップ。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム フォルティア)
【スポンサーリンク】

2016年8月30日火曜日

さかさまの空

撮影地で思わぬ発見をすると、とても気になるもの。この場所では川面に映る青空だった。 ここに列車を入れたらどうだろうかと、カメラを川面に向けてみる。 まもなく、さかさまの空を淡いグリーンが軽快に通り抜けていった。   
キハ110系の塗装は「ベリーペールグリーン」と言われる色。好感が持てる配色だ。
(カメラ CANON EOS7D)
 

【スポンサーリンク】

2016年8月29日月曜日

メインディッシュを最初に味わうと・・・。

 1988年に「来日」した「オリエント エクスプレス」、フジテレビ開局30周年を記念したイベントで、日立製作所が協賛、JR東日本の特別協力、JR各社の協力で国内を運行したことは今では伝説になっている。 パリ~香港経由で日本まで運行された後、国内運行仕様に改造された「走る重要文化財」による「クルージング トレイン」が発表された時にファンから注目を浴びたのが国内で牽引する機関車。PRのイラストではC62形蒸気機関車がオリエント急行の先頭に立っていたことと「日立製作所」協賛ということもあり、「日立」に縁のある機関車としてJR北海道のC623、JR東日本のロイヤルエンジンEF5861によるオリエントエクスプレス牽引の期待が高まっていた。 
 結果としてはC62による運行はなされなかったが、EF5861牽引は品川駅でのお披露目で早々に実現してしまった。 運よく通勤途中で品川駅に入線するシーンを撮影したが、これで「大満足」してしまったため以後国内を行く「オリエント エクスプレス」を撮影する気が失せてしまったことは、痛恨の極みだった。 やはり、メインディッシュは後の方が良いようだ。 
「オリエント急行が日本を走る」 、1988年は凄い時代だった。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
特徴ある連結部は、日本では久しい「ねじ式連結器」。

【スポンサーリンク】

2016年8月28日日曜日

「空白の時間」がある旅

 気だるい夏の昼下がりのプラットホームで列車を待つ。「あー、どこかで経験したなぁ、こんな時間」、と思い出す方もいるだろう。
 私は、鉄道旅の楽しみは列車を待つ「空白の時間」の使い方にあると考えている。缶ビール片手に物思いにふけるも良し、駅付近を散策するのも悪くない。
 時間の余裕を楽しむことは、逆に言えば時間を上手に利用することにも繋がる。知らず知らずのうちに時間に追われる生活を送っている人には、ローカル線の旅では「忙中有閑」が学べるようだ。実際は「閑中有忙」かもしれないが。 
「待ち時間」
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)



【スポンサーリンク】

2016年8月27日土曜日

京葉線と風対策

 「風が吹くと止る路線」の代表格でもあるJR京葉線。風対策として海側に暴風柵の設置が推進されているが、それでも25メートル/s以上で運転見合わせとする民鉄より厳しい風速制限値は継続されている。元々は貨物用として建設された湾岸沿いの高架区間を走る京葉線は、この制限値の影響を受けやすい路線でもある。
 背景には2005年12月に発生した羽越本線、第2最上川鉄橋付近での脱線事故以後の安全策がある。この時は重量のある鋼製の特急電車が突風に煽られ脱線転覆しているが、近年の軽量化されたステンレス製の電車では突風に煽られるリスクは高まる事もあり、「危険な時は止める」という方針に沿ったものだ。この結果、JR線は「天候が荒れると止る」傾向が強まったのは皮肉だが、これが今の公共交通機関のありかたなのだろう。
京葉線は外房、内房特急が往来する幹線。
だが風との戦いは避けられない。
(カメラ CANON EOS-1N RS、フィルム フジクローム RVP)

【スポンサーリンク】

2016年8月26日金曜日

夏から秋へ

 お盆休みを過ぎると急に秋めいてくる気がするのは私だけだろうか。 猛暑の中どこか涼しげな空、それが8月らしさなのかもしれない。 空の広がりを入れ込んでみる。 その中に、ふと秋の風を感じた。   
空気が入れ替わる頃。
(カメラ CANON EOS7D)

【スポンサーリンク】

2016年8月25日木曜日

川根路に似合った旧近鉄特急色

 元近鉄の420系が大井川鉄道に入線後、再現されたツートンカラーの旧特急色は夏場に映える爽やかな印象だった。特に川沿いからの姿は調和が取れており、一般車へ格下げされた元特急車がその誇りを取り戻したかのように見えたものだ。
 この車両は大井川本線、最後の吊り掛け駆動式の電車として活躍したが、非冷房車だったこともあり京阪、南海、そして近鉄からの後進車に道を譲り、長らくの休車状態から今年の6月に解体されてしまったのは惜しまれる。 
窓を開けて川風で涼む事ができた車両だった。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクロームRVP)

 
 【スポンサーリンク】

2016年8月24日水曜日

幾何学的なロケーション

 区画整理された田圃を望む丘からの景色は、きれいな平行線を描いていた。 そこから畦を見ると、まるで交錯する補助線のように見えてきた。 ふと思う「この幾何学的なロケーション、夏休みの自由課題にならないだろうか。」と。 暫し、列車を待つ間の戯言である。
台風の影響が気になる「稲穂」。
(カメラ CANON EOS7D)
【スポンサーリンク】

2016年8月23日火曜日

カウボーイとあそBOY

 1988~2005年まで豊肥本線で運転されていた「SLあそBOY」。ウエスタン調に改装された50系客車に合わせて乗務員のコスチュームがカウボーイ風だったことが思い出される。今の豪華観光列車の派手さと異なり、「手堅い装飾」には民営化直後の初々しさを感じたものだ。
 今年度の株式上場を控えたJR九州、利益の大半が鉄道以外の関連事業というビジネスモデルは他のJR各社とは異なるものだ。各線で運行されている観光列車は好評だが、不採算路線を多く抱える構造は民営化直後より変わらない。 この写真を撮影した宮地駅から熊本を目指す列車は、先の地震の影響で運休したままだ。震災復興と公共交通の有り方にどう取り組むんでいくか今後のJR九州には注目したいところだ。
入れ替え作業中の「あそBOY」、ハチロクは化粧煙突の頃。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP)

  

【スポンサーリンク】

2016年8月22日月曜日

好奇心

 子供は、いろいろなことに目が向くもの。 この子の関心事は、旅人観察のようだった。興味深く、チラチラと顔を出す姿が微笑ましかったので、スナップしてみるとカメラ目線で応えてくれた。 懐かしい旅の記録、高校時代に撮影した一コマだ。
きれいな瞳が印象的だった。今では素敵なマダムになっているだろう。(ネガカラー)





にほんブログ村 写真ブログ 鉄道風景写真へ
にほんブログ村







【スポンサーリンク】

2016年8月21日日曜日

ボーダーライン

 自然の中を行くディーゼルカー、というイメージで撮影した今回の一枚。ところがこのポイントからみる景色は人工物が多く、撮影後モニターで確認してみると僅かながら民家の屋根と電線が映りこんでいた。現像の際、その部分をトリミングして整えているが、デジタル写真になって「データ加工」の是非が問われるようになった。 この件については、データ加工が何処まで許されるかの議論をするより、表現の一つとして「加工済」と明記した上で作品を発表することもあってはいいのではないか。これが私の見解だ。
久留里城址からの眺望。(カメラ CANON EOS7D)
【スポンサーリンク】

2016年8月20日土曜日

通り雨

 急に空が暗くなり、独特な臭いがする前に屋根のある駅に駆け込む。 そのホームから土砂降りの光景をぼーっと見ていると不思議ことに気づいた。 ここは何処だ・・・と? 
日本の鉄道は左側通行。ここでは遠方に見える列車のライトに注目。
(カメラ CANON EOS7D)
【スポンサーリンク】

2016年8月19日金曜日

屋形船のいる風景

1992年「Tokyo Train」ポスターの舞台になった浜松町の屋形船の停泊エリア。景観は耐震補強工事によって当時と変わってしまったが、屋形船が並ぶ独特の雰囲気は今も変わらないようだ。 
「東京にもこんなところがあるんだ」という発見、気づきは作品つくりには大事なプロセス。それを引き出す視野は広く持っていたいもの。それが向上心に繋がる。 
屋形船に灯がともる時間帯も面白そうだ。
(カメラ CANON EOS7D)
【スポンサーリンク】

2016年8月18日木曜日

高速機関車「RED BEAR」

 「RED BEAR(レッドベア)」の愛称で親しまれているJR貨物のDF200形は、最高速度110km/hで走行可能なディーゼル機関車。 メカ的には誘導電動機を6機装備し、ディーゼルエンジンで発電した電力によってVVVFインバータ制御される「電気仕掛け」の機関車で、高速化した札幌圏での貨物列車のダイヤ維持に大きな実績を残している。ファンからはその重厚なスタイルから旅客列車、特にブルートレイン牽引を期待されたが、定期列車ではかなわずJR九州「ななつ星」、復活「カシオペア」で実現したのは記憶に新しいところ。最近の話題としては1両がJR貨物 愛知機関区へ転属となったことで、活躍の場が本州内にも広がりつつある。 この「BEAR」の今後の動向には注目したいところだ。

1992年から123両が製造された「DF200」。1994年鉄道友の会ローレル賞授賞車両でもある。
【スポンサーリンク】

2016年8月17日水曜日

客車の「踊り子」号

 東京と伊豆半島を結ぶ特急「踊り子」号は、平日と土日で旅客需要の変動が大きい、バリエーションの多い列車として知られている。近年は「スーパービュー踊り子」や、「リゾート踊り子」「マリンエクスプレス踊り子」といった「冠」がついた列車の他、「踊り子」でも上野東京ラインの開業により土日には我孫子、大宮といった関東近郊からの発着列車が誕生するなど運転区間が拡大している。
 国鉄時代には、客車での臨時「踊り子」号も運転されたことがあり、波動用14系座席車の他に「お座敷踊り子」「サロンエクスプレス踊り子」といったジョイフルトレイン使用列車もあった。
 当時、あまり話題にならなかったが、東京発昼行客車特急は「リバイバル列車」を除くと「つばめ」「はと」以来の出来事で、新調されたヘッドマークも誇らしげに伊豆を目指したものだった。そんなエピソードを加えながら、今回は晩年の14系「踊り子」と2000年イベントで再現された「14系踊り子」をアップしてみた。
一見、団体列車風だがヘッドマークがつくと貫禄十分。機関車はブルトレ用のEF65PF。

このイベント列車が14系客車最後の「踊り子」となった。
【スポンサーリンク】

2016年8月16日火曜日

土用波と房総特急

 土用波が発生する時期になると海水浴シーズンも終わりになる。かつて「夏ダイヤ」が組まれていた頃の房総各線では、この頃になると多数運転されていた季節列車、臨時列車も終わり一息つく時期でもあった。 
 房総特急に使用された183系電車は、設計時点からオフシーズンには他線区での運行を見込んでいたこともあり、土用波を過ぎた秋の行楽シーズン、ゴールデンウイーク、年末年始などには臨時列車として他線区への遠征が見られたものだ。その中でも中央東線「あずさ」「かいじ」へ充当される機会は多く、定期列車が「あずさカラー」に統一された後も中央東線で「国鉄特急色」を見ることができたのはこの運用のためだった。
 房総特急が新形車E257系に置換えられて後は、中央東線へ「特急」として走る機会は減少していたが、9月に千葉発甲府行の臨時特急「ちばかいじ」号に使用される。久々に甲斐路を行く「房総特急」を見ることができそうだ。  

グリーン車位置を「あずさ」編成と揃えた晩年の房総特急。「中央ライナー」でも活躍した。
(カメラ CANON NewF-1、レンズ NewFD300ミリF2.8L、フィルム フジクローム RVP)

普通車6両の「かいじ
【スポンサーリンク】

2016年8月15日月曜日

ひまわり列車

 車体に描かれた向日葵畑は、笑顔で溢れていた。 向日葵が太陽を追って動くと言われるのは成長が盛んな時期だけだそうで、完全に花が開くと東を向くという。 
 今、北の大地を走る列車に再び大きな転換期が訪れようとしている。前回は民営化だったが、今回は何処へ向かうのだろう。向日葵のように「東」を向くのだろうか。
 今後の地方公共交通のあり方が問われることになるのは間違いなさそうだ。 

ひまわり、笑う
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
【スポンサーリンク】

2016年8月14日日曜日

いろあい

 「タラコ」と言われる国鉄首都圏色が施されている、いすみ鉄道のキハ52。 好き嫌いが分かれているこの色だがその境はこの色が登場した1975年のようで、この年以後に製造されたキハ40系列に慣れ親しんだ年代からは「懐かしい」と好意的だ。 景色の中では「目立つ」色ゆえ、この特徴を活かすと構図もつくりやすい。 8月に「実りの季節」を迎えているいすみ鉄道沿線で「タラコ」は一際映えていた。
「タラコ」の単行運転、この夏はあと二日予定されている。
【スポンサーリンク】

2016年8月13日土曜日

秋の予感

 山の日がお盆休みのスタートになるのだろうか、昨日の電車や街の雰囲気は既にお休みモードに入っているようだった。 今回は、夕陽から秋の気配を感じながらスナップした一枚。 時は17:47、この後は気のおけない仲間との飲み会が待っている。さあ、夏の宴の始まりだ。    
タイミングよく電車が入ってきた。コンデジフォトならではのお気軽さだ。
【スポンサーリンク】

2016年8月12日金曜日

冷凍みかん

 夏の鉄道の旅で必需品だったアイテムが冷凍みかん。 冷房が普及していなかった列車内で食べると口から伝わるシャーベットとも異なるシャキシャキ感はとにかく美味かった。不思議なことに特急のような冷房が効いた車内で食べるとそれ程美味しくはなかったのは、身体が涼しい車内に慣れてしまったことに関係ありそうだ。
 その冷凍みかん、近年「KIOSK」などで見る機会は減っているが、いすみ鉄道の大原駅内売店では購入することができる。 夏旅行でボックスシートに揺られながら食べた記憶を思い出しながら、解凍していくみかんを待つ数分間のドキドキは今も同じ。 こういった回想できるアイテムが、今なお残っているのは嬉しいことだ。 
世代によって認知度が異なる「旅のアイテム」。
知っていれば、平成以後の世代にも受け入れられそうだ。


栓抜き付の小テーブル。簡単に栓が抜けるため子供から人気があった。

電車並みの設備になったキハ58系列はディーゼル急行の質を向上させた。

【スポンサーリンク】

2016年8月11日木曜日

山の日

 今日 8月11日は新しい祝日「山の日」。 個人的に思い入れのある山はないが、秀峰には心惹かれるもので、その代表格は世界遺産の富士山になるだろう。その富士山をテーマにした「山の日」らしい作品を探してみたのが今回の一枚。 順次数を減らしている700系とのツーショット、いつまで見られるだろうか。 

「カモノハシ」形状の700系もサイドから見ると見栄えがする。
(カメラ CANON EOS7D)
【スポンサーリンク】

2016年8月10日水曜日

夏たび

 今回は、列車に乗って何処へ行くのだろうというワクワクしている子供に魅かれてスナップした一枚。こういう場面にしっくりくるのは四人掛けのボックス席。青いシートの記憶は、旅の思い出に残っているだろうか。 あの夏の日から20年後の今、聞いてみたいものだ。
旅の絵日記「おじいちゃん、おばあちゃんとのキシャ旅。」
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
【スポンサーリンク】

2016年8月9日火曜日

横浜線特急「はまかいじ」

 特急「はまかいじ」は、横浜線を経由して横浜と松本を結ぶ土曜休日運転の臨時列車。列車愛称は、運転区間が当初は甲府行きだったことから中央線の甲府行特急が「かいじ」である事にちなんで「横浜発のかいじ号」で「はまかいじ」になったと言う説が有力だが、松本延伸時に「はまあずさ」に改称されなかったことから、この説は外れているかもしれない。
 この列車のユニークなところは、横浜~東神奈川間は京浜東北・根岸線を経由するため、使用される185系電車には運転に必要なATC装置が設置されていること。土曜休日とはいえ「はまかいじ」が横浜駅 京浜東北線ホームから発車するためには欠かすことができない設備となっている。
 その「はまかいじ」、最盛期は2往復を数えたが今では1往復に戻り、グリーン車も外されやや陰りが見え始めているのは気になるところだ。
    
今残る185系特急は「踊り子」と「はまかいじ」、貴重な存在になっている。


「あさまカラー」の「はまかいじ」。長野からの入線だった。
【スポンサーリンク】

2016年8月8日月曜日

「エルムの旅」=「古のブルトレの旅」

 1998年から2006年まで「北斗星」の救済列車として年末年始、お盆時期に運行された臨時寝台特急「エルム」は、輸送力重視のため全車開放式B寝台で組成され、食堂車、シャワー、ロビー、個室といった設備が整った「北斗星」に比べサービス面では見劣りしたが、当時のB寝台主体のブルトレでは「標準的な編成」でもあった。
 その「エルム」での上野~札幌間16時間超の旅で、印象に残るエピソードとしては列車内で飲食物の調達は不可能だった事。「この列車には車内販売はありません。本州内の途中駅では購入できません。」という車内放送を上野駅発車直後に聞いて唖然とした乗客には同情したものだ。辛いことも時が経てば笑い話に変わるというが、「ブルトレの旅」とは寝台以外に身の置き場が無く退屈だったことの他に「飲食物持参が必需」だったという思い出を笑い話に変えるには、まだ少し時間はかかりそうだ。
機関車交換の函館では「飲食物調達」できた札幌行「エルム」。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
北海道らしいヘッドマークは被写体としては新鮮だった



営業列車から消滅した開放式B寝台。「二段ハネ」も死語になるのだろうか。

【スポンサーリンク】

2016年8月7日日曜日

SLジャズトレイン

 大井川鉄道で日本初のSLジャズトレインが運行されたのは1983年だという。 当時「SL」が走っていた路線が限られていたとはいえ、「ジャズを聴きながらの汽車旅」というアイデアは秀逸だったようで、その後他の路線にも拡大していった事からもヒット企画といえるだろう。
 大井川鉄道のジャズトレインは数回撮影したが、運転情報がはっきりしなかったことがネックだった。今回の一枚は大雨の中を行く「SLジャズトレイン」だが、運転するか否かがはっきりしなかった中で待っていた事が思い出される。 ここ数年は「機関車トーマス」で盛り上がっている大井川鉄道だが、久しぶりにジャズトレインも運行して欲しいもの。できれば、グラスを傾けながら演奏を楽しめる「ジャズ・バー仕様」であれば良いなあと思うのは左党の戯言かもしれないが。
展望車、お座敷車で組成された「ジャズトレイン」は大井川鉄道、夏のイベントだった。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP) 


【スポンサーリンク】

2016年8月6日土曜日

房総特急の転換期は1985年

 房総特急は1972年に「わかしお」「さざなみ」が房総地区初の特急として誕生、続いて1975年には「しおさい」「あやめ」が誕生し現在に至っている。車両は東京地下駅への入線のため新製183系電車が投入されたが、グリーン車込み食堂車不連結の9両編成だったこともあり、「短距離特急」の走りともいわれた。その房総特急が全盛期を迎えたのは1982年上越新幹線の開業時で、これ以後房総地区の優等列車は「特急」に統一されている。
 房総沿線の特徴として、レジャー需要等による利用客の季節変動が大きいことから、民営化に向けた1985年のダイヤ改正では各線の特急利用状況に合わせた施策がとられることになった。具体的には利用の少ない列車に対して編成を6両へ減車したこと。この時、余剰となった車両の一部は多客期での増結用になった他は中央線「あずさ」へ転用、グリーン車は近郊型へ改造のうえ再利用された。 
 かつては夏ダイヤで多くの臨時列車が運行された房総地区だがレジャー傾向の変化、高速道路網の整備が進む中、JR後に新車255系「BOSO VIEW」、E257系 のテコ入れはされたが好転するには至らず、その特徴でもある「短距離特急」故に他の交通機関への優位性が出難いまま苦戦が続いている。   
6両+3両の「しおさい」、183系の正面貫通路が初めて使用された。
(カメラ CANON EOS-1N RS、フィルム  フジクローム RDPⅡ)

6両編成化により外されたグリーン車サロ183。 

余剰グリーン車は総武横須賀線に転用された。

【スポンサーリンク】

2016年8月5日金曜日

6分の1の出会い

 「カシオペア」の運行を担当する田端運転所には6両のEF81形が所属している。 札幌行「カシオペア紀行」、「カシオペア クルーズ」ではこの6両のうち1両が運用に就くが、カメラマンには「御贔屓の車番」というのがあるようで、その人気度は沿線にいる人数で表される。 基本的に何号機が充当されるかは、関係者以外では当日になって判かるのだが、インターネットから情報を得ることができるようになってより顕著になったようだ。 同様の傾向はネットが普及する前からあったが、当時は「口コミ」で「情報アンテナの数」がモノをいった時代だった。今はそのハードルは下がり「チャンス」は得やすくなった。だが、肝心なことは今を決断する自分自身。チャンスを活かさなかった後悔と活かせなかった後悔、どちらに価値があるかは言うまでもないだろう。

田端区に1両だけ在籍するヒサシ付の133号機、今は特定の車番を追う時代ではない。
(カメラ CANON EOS7D)
【スポンサーリンク】

2016年8月4日木曜日

「野球帽」の記憶

 「ベースボールキャップ」が「野球帽」と呼ばれていた頃、古くから定番は「ジャイアンツ」で全国区、他球団は「地域限定」だった記憶がある。 そんな風潮の中、西武ライオンズが高知県春野でキャンプを張るようになってから、四国内はライオンズカラーの帽子が急速に普及していった。今でもライオンズカラーのキャップを見ると、1985年この写真を撮った「駅開き」の日を思い出す。田井ノ浜臨時駅、今年も賑わっているだろうか。 
駅を出た先には、海水浴場。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RFP)
【スポンサーリンク】

2016年8月3日水曜日

人情が肴となる「ビール列車」

 地方私鉄の「ビール列車」は楽しいイベント列車。 車内の雰囲気は、ふらっと入ってみた地元の飲み屋と似ている。酒が入ると次第に打ち解けていくのは同じで、美味い料理や会話、アトラクションを楽しみながら時間が経っていくといった具合だ。その中で地元の皆さんの「人情」に接せられるのは「心のバリアフリー」であることと、そして酔いに任せてハメを外さない気の持ちようも大事になることがわかってくる。 なんだ、良い酒の飲み方が学べるじゃないか。そう思うと参加費も高くはないか・・・とも。   
秋田県湯沢市に行く途中、初めて参加した由利高原鉄道の「納涼ビール列車 2012」。
この日のお客さんは、2名を除き地元の皆さんだったが不思議とアウエー感はなかったことが印象に残っている。
酒の肴は地元産の仕出し。  
【スポンサーリンク】

2016年8月2日火曜日

秀逸なデザインだったキハ82


 非電化区間に「特急」を普及させた国鉄80系気動車、その立役者は先頭車キハ82形となるだろう。1960年「はつかり」用に誕生したボンネット形キハ81の製造が6両に止まったのに対して、翌1961年から全110両製造されたキハ82形は、外観的には貫通構造になったことが大きな特徴で、制約の中でも乗務員室への「曲線ガラス」の採用などによって「特急らしい」優美さを醸しだしていた。
 さらに機能面で優れていたのは、食堂車を境に車両方向が逆転していた80系気動車の編成構造に対して、車両方向を問わずどの車種とも連結可能だったこと。これによって基本編成7両に多様な増結を可能としたことは大きかった。 反面、車内アコモデーションは「こだま形」系電車151系に比べ簡素化されてはいたが、運行開始後は「冷房完備の特急」は好評を持って迎えられ、後の「特急時代」の先駆けなった列車の顔こそがキハ82だった。 引退後は北海道、本州に数両が保存され博物館関連では、JR東海「リニア・鉄道館」にはキハ82、JR西日本「京都鉄道博物館」ではキハ81が残されている。     
キハ82最後の特急は、紀勢線「南紀」。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP)


高山線を行く団体列車「リバイバルひだ」、当時この編成はJR東海「動態保存」候補だった。

【スポンサーリンク】

2016年8月1日月曜日

ソロもまた良し。

 いすみ鉄道の「赤いディーゼルカー」キハ52が、8月3、4、17、18日に臨時快速として単行運転されるという。 土曜休日、国鉄形の同僚キハ28とペアを組んで「急行」として活躍するキハ52の「ソロ活動」は珍しいことと、ちょうど早場米が実りの時期を迎えることもあり沿線では「秋めいた」光景を見ることができそうだ。平日のため日程調整が難しいが、タイミングが合えば訪れてみたいもの。 ただし、猛暑対策だけはしっかりしておきたい。
2014年の「単行運転」時の作品。キハ52は車長が長いので入れる位置には注意したい。
 (カメラ CANON EOS7D)
【スポンサーリンク】

ブログ アーカイブ