2018年9月30日日曜日

13分間のドラマ

 今回の作品は昨日運行された長野行「カシオペア紀行」。常磐線を行く「カシオペア」編成の撮影は二年ぶりで前回は見事に上り列車に被られている。同じ轍を踏まないよう調べてみると、上野を16:20に発つ「カシオペア」に対し、近隣の南千住駅を発車する上り列車は16:20、33と間隔が空いている。この13分間に「カシオペア」が通過すれば被られることはないことがわかった。そして16:29に「カシオペア」が通過。今日の牽引機は茶色に塗装変更されたEF64 1052号機、手応えは十分だった。
常磐線、武蔵野線、中央東線を経由して長野へ向かう「カシオペア」。
(カメラ CANON EOS7D)
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2018年9月29日土曜日

惜別 千代田線6000系。

 東京メトロのPRによると千代田線6000系の引退が決まったという。10月5日に通常運転終了、11月11日まで土日限定の特別運転をもっての最終となる。本ブログでも幾度か取り上げているが基本デザインは昭和43年。今もって色褪せないそのデザインは営団地下鉄(東京メトロ)のみならず他の民鉄にも普及、更に電機子チョッパ制御&回生ブレーキによる省エネルギー車両のパイオニアとしての功績は鉄道史に残されるべきもの。今後、気になるのは現存する「ハイフン車」こと一次試作車の去就。願わくば登場時のスカート付に復元の上、後世に残す価値があると思うのは私だけだろうか。
7次まで製造された6000系、6018編成は2次量産車にあたる。
(カメラ CANON T90、フィルム コダック エクタクロームパンサー)
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2018年9月28日金曜日

房総を駆けた「東海形」。

「こだま形」「東海形」「日光形」「月光形」・・・これらは国鉄時代の「特徴的」な新形車両に対して付与された呼称で、最初に使用された列車愛称に因んだものだ。今回の「東海形」こと153系電車も最初に投入された東海道本線の準急「東海」に由来している。長年、東海道、山陽線筋で活躍していた「東海形」が房総地区に転入してきたのは昭和50年。前年の北総三線電化完成による優等列車再編に際しての急行用として転入してきたもの。以後、昭和57年までヘッドマークを付けた貴重な急行列車として房総地区にその足跡を残している。「東海形」の前面デザインで特筆されるのは、その後の国鉄急行形、近郊形車両に影響を及ぼしたことだろう。このような「呼称が付与される特徴的な」車両は「月光形」国鉄581系以降は存在しない。個性の時代と謳われて久しい中、これも時代の流れなのだろうか。
スタンダードとなった153系の貫通扉付の高運転台構造。
(カメラ CANON AE-1+P、フィルム フジクローム RD)


低運転台構造は初期型の特徴。

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2018年9月27日木曜日

常磐線を迂回した寝台特急

 東日本大震災で分断されているが常磐線は東北本線とバイパスとして密接な関係がある。両線共上野と仙台を結ぶ幹線だが、距離は短いが勾配のある内陸部を行く東北本線に対して常磐線は海側を行く平坦な線形だったことから蒸機牽引の時代では最大の利点とされ、東北初の特急「はつかり」は常磐線経由で誕生している。東北本線電化後は「はつかり」を含む昼行の長距離優等列車は同線経由へ変更されたが、仙台以北への夜行列車のメインルートは常磐線だった。バイパスとして機能した例としては東北本線不通時に「北斗星」が迂回運行された事。今回の作品は夕陽をうける迂回の「北斗星3号」。その常磐線に今週末、長野行き団体列車「カシオペア紀行」が運行される。天候に恵まれれば久しぶりの夕陽の中を行く寝台列車がみられそうだ。
上野発の夜行列車が行く。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP)
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2018年9月26日水曜日

役目を終えた「ゆうマニ」

 今月5日、長野へ回送され実質的に引退となったJR東日本水戸支社のジョイフルトレイン「リゾートエクスプレス ゆう」。それに先駆けて専用電源車の「ゆうマニ」ことマニ50  2186号が7月28日付で廃車となっている。このマニ50は「ゆう」が水郡線等の非電化区間への乗り入れ時、サービス電源の供給を目的としており「ゆう」とペアで1991年に改造されたもの。とはいえ活躍の機会は「ゆう」の電源車という本来の目的より、双頭連結器やブレーキ読替え装置を活かし、機関車が電車を牽引する配給、回送時の控え車としての使用が多かった。現在その役割は22日のブログで紹介した双頭連結器やブレーキ読替え装置を備えた機関車が引き継いでいることもあり、控え車としての役目も既に終えていた。今回の作品は晩年の「ゆうマニ」。配置は「ゆう」が勝田車両センターに対して水郡線営業所という「別居」だったのもユニークだった。

全236両のマニ50のうち電源車に改造されたのは「ゆうマニ」と北斗星用マニ24形2両のみ。
(カメラ CANON EOS7D)


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2018年9月25日火曜日

円だからこそ

 窓の向こうの景色は優しかった。それは窓が「丸かったこと」が大きい。仮に窓が普通のサッシだったらどうだろうか。こういう気づきはなかったかもしれない。作品のヒントは、意外なところにもあるようだ。
「ここは何?」。



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2018年9月24日月曜日

ロクイチ、最後の晴れ姿

 EF5861号機が牽引する1号編成はこれが最後かもしれない・・・というオオカミ少年的な噂がついて回った平成時代でのお召し列車。その噂が真になったのが2001年3月、ノルウェー国王来日に伴い天皇皇后両陛下と東京から北鎌倉まで運行された特別列車をもってEF58+1号編成の運転は終了した。ノルウェー国旗と日章旗の両国旗をたなびかせて
多摩川橋梁を行くお召し列車は貫禄十分。その余韻が残る中、同業者の呟いた言葉には重みがあった。「昭和のお召し列車が終わった・・・」。
最高の被写体をとっておきの装備で迎える。
(カメラ CANON NewF-1、レンズ NewFD300ミリF2.8L、フィルム フジクローム RVP)
      
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2018年9月23日日曜日

消息判明

 この作品は1993年、日本工業大学で2109形の公開に合わせて東武動物公園駅に立ち寄った際、構内の片隅に留置してあった東武鉄道 40号機。これ以後の消息に関しては不明なまま今日に至っていたが、ひょんなことから現状が判明した。今月発売のRF誌691号によると埼玉県宮代町コミュニティ広場に保存されているという。更にこの機関車は1898年 英国シャープ・ スチュアート製で元国鉄の5650形ということも判明。長年の懸案事項が一挙に氷解した気分だった。同誌の記事によると東武鉄道の蒸気機関車は個人所有を含め7機が保存されているとの事。東武博物館共々いずれ訪れてみたいものだ。
「常に撮っておく」姿勢が大事、で撮った40号機。
(カメラ CANON T90、フィルム コダック パンサー) 

東武博物館の5号機は1898年 ピーコック製の東武鉄道オリジナル機関車 



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2018年9月22日土曜日

電車を牽引する電気機関車

JR東日本のEF81形、EF64形には双頭連結器や物々しいホース類が備わった厳つい前面を持つ機関車が存在する。これらの機関車の目的は電気指令式ブレーキを備えた電車を牽引するためで、民営化後に製造された車両がほぼこれに該当する。国鉄時代の電車は自動空気ブレーキが装備されていたことから牽引相手の機関車を選ぶことはなかったが、空気ブレーキのない新系列の電車では機関車からのブレーキ指令を読替える必要があり、読替指令装置と制御のためのジャンパ栓を備えた「特別仕様車」が厳つい前面の機関車という訳だ。機関車選定に際し、EF81、EF64に白羽の矢が立ったのは新津での車両製造、青森での車両改造、秋田、郡山での定期検査、そして長野での廃車解体という地域性に合わせたもの。これらの機関車はその目的から今しばらくその活躍は見られそうだが、経年も進んでいることから後継車が気になるのも事実。さてどういう答えが出てくるだろうか。
「カシオペア」運用にも充当される田端区の139号。



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2018年9月21日金曜日

緑のトンネル

「常総線・真岡鉄道線共通一日自由きっぷ」「ときわ路パス」、この二つの切符を知ってから関東鉄道常総線は真岡鉄道へのメインルートになった。その中で大田郷~下館間には林の中を行く区間があり、車内から見るとまさに「緑のトンネル」。涼しげな風を感じられる景色を行く汽車旅も良い。季節はもう秋。そろそろ彼の地へ足を伸ばしてみたくなってきた。
フィッシュアイズームからの眺め。
             


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2018年9月20日木曜日

「ゆうづる」三態

9月3日のブログ「二羽の鶴」(https://gazosousakunin.blogspot.com/2018/09/blog-post_3.html)で紹介した黒岩保美さんデザインの「ゆうづる」のヘッドマーク、C62に映えるようデザインされていると云われているが牽引機はC62だけではなくEF80(上野~平)、ED75(仙台~盛岡)、DD51(盛岡~青森)と多岐にわたっていた。今回は往年の勇姿を偲ぶべくヘッドマークを装着した同型機を並べてみた。その何れの機関車にもこのヘッドマークは似合っていたと思うのは私だけだろうか。


現存する63号機はEF80のラストナンバー、現役時代はヘッドマーク装着の実績は無い。
(碓氷峠鉄道文化むら)
     
              ED75 700番台は奥羽、羽越線用として製造、「ゆうづる」晩年期には牽引にも充当された。

ロイヤルエンジンもイベントでは「特急機」(尾久車両センター)



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2018年9月19日水曜日

新幹線が変えたセオリー

 昭和39年10月1日は東海道新幹線が開業した日、「ひかり」「こだま」そして「のぞみ」の愛称は誰もが知る存在となった。現在17ある駅の中で開業当時から大きく存在価値が高まった駅が「新横浜」。特に2008年から全ての列車が停車することによって生まれたセオリーに「東京(品川)~新横浜の移動は新幹線」がある。特に費用対効果が求められるビジネスの世界では自由席特急料金だけで「列車を選ぶことなく短時間で移動できる。」は定着した。同様の例は山陽新幹線の新大阪~新神戸、博多~小倉間の移動にもみられる。新幹線による遠距離通勤通学もセオリーとなり、今その役割は長距離移動の手段のみならず地元の都市間移動をも担っている。新幹線による相乗効果はまだありそうだ。次なる整備新幹線では、どのような形のセオリーを生んでくれるだろうか。
品川を行く0系、この界隈も国鉄時代から大きく変わった。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RDP)
          
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2018年9月18日火曜日

グランドひかり

 一説によると、この車両の登場によって新幹線にカメラを向ける人が増えたという、それが新幹線100系。その中で白眉だったのがJR西日本が製造したV編成こと「グランドひかり」で中間に二階建て車両を4両連ねた迫力ある16両編成には華があった。V編成の活躍期間は1989~2002年までで、この間「ひかり」一筋で運用され500系を除く他の新幹線車両が辿った東海道「こだま」への充当はなされなかったことは特筆されるべきエピソード。その反面、転用の動きは早く余剰となったV編成は0系同様に6両、4両へと組み替えられていった。
 「のぞみ」時代の東海道、山陽新幹線では高速化と合わせ編成の画一化が進められたことで個性ある車両の居場所がなくなった感がある。最高速度285km/hでのサービスはどのような付加価値を乗客にもたらしてくれるのだろうか。淡いながらも期待したいところだ。    
東海道では最高速度220km/hで走破した「グランドひかり」
(カメラ CANON EOS-1N RS、フィルム フジクローム RDPⅢ) 


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2018年9月17日月曜日

500系がいる風景

 東海道新幹線から500系が撤退したのが2010年2月28日。晩年、500系が充当されていたのぞみ6号、29号は東海道区間で撮影しやすい時間帯だったこともあり幾度かカメラを向けている。今回の作品は掛川付近を行く博多行のぞみ29号。ここ掛川で「500系がいる風景」が見れたのは1997~2010年までの期間。これも「平成時代」の風景。
掛川在住の親友と「のぞみ」を迎える。
(カメラ CANON EOS-1vHS、フィルム フジクローム RVP)
         
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2018年9月16日日曜日

209系1000番台は中央快速線へ

JR常磐線、小田急線との三社相互運行がなされている東京メトロ千代田線運行車両で、唯一小田急線への乗り入れがなされなかったJR209系1000番台が中央快速線へ転属することになった。背景には既報のとおり中央快速線へのグリーン車組み込みよる12両化と並行して現4号車に設置される車椅子対応トイレ工事があり、改造で離脱する編成の代替となるものだ。中央快速線の運用範囲が東京~高尾、青梅から大月、河口湖へ拡大されている現状では予てよりトイレ設置の要望が強かったが、その前段階が今回の209系の転属ということになる。今回の改造は全編成へのトイレユニットの設置の他、汚水処理の地上設備の新設も必要とされることから2023年までの長丁場になることもあって、それまではピンチヒッターとしての活躍がみられそうだ。
中央線への転属に伴い「青緑」の時代は終わりを告げる209系1000番台。
(カメラ RICOH、GRデジタルⅡ)
      


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2018年9月15日土曜日

気がつけば珍車。

 1992年から新千歳空港~札幌・小樽間に運行されている快速「エアポート」。運行当初から充当されている721系電車は転換クロスシートを備え、更に2000年からは指定席を特急普通車並みにグレードアップした「Uシート」を導入「ワンランク上のくつろぎ」を提供している。「Uシート」は三両編成の先頭車クハ721形の半室を改装してスタート。その後「エアポート」の6両固定編成化に伴い「Uシート」は全室に拡大した新造車に置き替えられ、従来の「Uシート」車の多くは普通席に戻されている。その中で今回の1009号車は「エアポート」の予備的編成として「Uシート」のまま残された珍しい存在。気がつけば唯一の「Uシート」を備えたクハ721形になってしまった。また同車は2013~15年の休車期間を経て2016年から運用に復帰したユニークな経歴を持つ。稀に「エアポート」運用に入ることもあるが、主は普通列車での運用でその際は自由席として利用することができる乗り得車両だ。「ホームライナー」から始まった着席サービスの発展形ともいえる「Uシート」、それを他社に先駆けて定期列車に導入したのがJR北海道。元気のあった時代のサービスは今も色褪せてはいない。
現存する唯一の「Uシート」装備のクハ721形
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)
 
半室時代の「Uシート」車、300円の指定席料金は多くの支持を集めた。
         
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2018年9月14日金曜日

ひっそりと消えた415系0番台

 RF誌687号の記事によるとJR九州に残っていた近郊形415系電車の基本番台2両が平成25年度にひっそりと消えていたとのこと。その最後は営業車ではなく「安全技能電車」として訓練などに使われていたという。国鉄近郊形の始祖である401、421系の決定版として3電源に対応できる415系は交直区間を跨ぐ路線の常磐線、山陽、鹿児島線に投入され活躍、民営化後は直流113系から改造編入したグループも誕生した。現在、オリジナルの415系が残るのはJR九州。基本番台は消えたが、シートピッチ改善の100番台、ロングシートの500番台、ステンレス車体の1500番台が今も活躍している。今回の作品は2001年常磐線勝田電化40周年を記念に復元された「旧塗装」。オールドファンには懐かしいこの旧塗装、後継のE531系にもラッピングで再現して欲しいと願うのは私だけだろうか。 
常磐線では「赤電」として親しまれた415系
(カメラ CANON EOS-1N RS、フィルム フジクローム RDPⅢ)

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2018年9月13日木曜日

もう一つの国鉄特急色

 今回の作品は国鉄末期の昭和61年に登場したキハ183系500番台。民営化に向けての機運が高まる中、クリームと赤の国鉄特急色から一転、白をベースにオレンジと赤の帯を配した高速仕様の新形特急は北の大地に新風を吹き込んだ。一形式だけの国鉄メイク。この国鉄メイクを纏っていた当時のキハ183系は民営化後に変更された現行のライトグレーの塗装に比べ、颯爽としていたと思うのは私だけではない。そのキハ183系が最後の活躍をするのが石北本線の特急「オホーツク」「大雪」。奇しくも同時期に製造された「ハイデッカー仕様」グリーン車を組み込んでいる。最後に今一度「もう一つの国鉄特急色」に戻して花道を飾らしてあげるのも良いのではないだろうか。

釧路行特急「おおぞら」でデビューしたキハ183系500番台。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP)

JR後、新塗装になったキハ183系(カメラ CANON EOS7D)


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2018年9月12日水曜日

「新松戸」と「幸谷」

 流鉄 幸谷駅とJR 新松戸駅には不思議な関係がある。昭和36年に開業した幸谷駅は昭和57年に現在地に移転しているが住所は「松戸市新松戸」、対して昭和48年武蔵野線開業と共に新設された新松戸駅の住所は「松戸市幸谷」と偶然にも地名と駅名が逆になっている。幸谷駅は集合住宅の一階にあり建物名は「流鉄カーサ新松戸」と現住所に由来している。この両駅の関係はとても興味深いが、将来的にはどうなるのだろう。「幸谷」の今後が気になるところだ。
建設当初、国鉄の仮称は「北馬橋」だった。

「幸谷」は区画整理事業前の旧来の地名が由来。


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2018年9月11日火曜日

影像

 電車に映る影はライブ中の演奏者のもの。平時は主役の電車もこの時ばかりは脇役に徹している。ライブ会場が検車区内というイベントには、もうひとつのドラマもあるようだ。
現像でイメージとおりに仕上げてみる。デジタル写真ならではのメリット。
(カメラ CANON EOS7D)

ライブ風景。スタンドマイクで動きが少ないことがポイントだった。

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2018年9月10日月曜日

探し物

 流鉄のHPによると「さくら」号には「ハートの吊り手」があるという。そうとなればブログのネタになりそうとBEER電車となった「さくら」号で探してみることにした。車内を探し回るのはお洒落じゃないなと思いつつ車内をスナップすると、アルコールがまわった頭のカンピューターが反応した。正面の白いシャツの人が握っている吊り手が「探し物」だったのだ。そうとなればあとは撮るのみ。声をかけて「秒撮」させてもらった。さて、この「ハートの吊り手」、乗客の「心をを掴む」事ができるだろうか。
「りゅうのしん」が指し示す方向へ。
あった!撮った!!

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2018年9月9日日曜日

流鉄BEER電車、2018。

 昨日は「流山の秋祭り」の感もある「流鉄BEER電車」の日。今年はライブ会場が2箇所になるなど、協賛企業の増加と合わせて年々ブラッシュアップされている。ファン的に嬉しいプレゼントは装いを新たにした「さくら」号がBEER電車に充当された事。今回は多くのギャラリーを集めたイベントの模様を纏めてみた。(カメラ RICOH GRデジタルⅡ)

馬」転じて「さくら」と成す。真夏のさくらデビュー。

流山は、近藤勇と土方歳三が最後に別れた地。
アイドルさんは「乾杯!!」の掛け声で。
ライブより団子!?「流星号」が見守る。

 

宴の始まり・・・あれ?フライング??

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2018年9月8日土曜日

脱「走っている形式写真」。

 国鉄時代の特急やブルートレインは11~15両編成が標準。現在では「長編成」でもある9両編成は「ミニ編成」と鉄道誌で表現されていた程だった。その頃は編成を強調する撮り方が主だったが、被写体が短くなり更には1~2両のローカル線に変わると当初は戸惑ったものだった。簡単に言うと特急やブルートレインと同じ感覚で撮ると「走っている形式写真」になってしまうのだ。車両の記録としては及第でも、作品としては面白みに欠けるものになっていた。そこで今までの考え方を変えてみると「車両を活かす」構図が見えてきた。今回の作品もその一つ。ポイントは「そこにあるもの」に気づけるかどうか。別の言い方をすれば、個性が発揮しやすくなったと思うのは私だけだろうか。
ツノ付「スイカ」のシルエット。ここでは単行列車が様になる。
(カメラ CANON EOS7D)


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2018年9月7日金曜日

7年前へのフラッシュバック。

「北海道内停電」で思い出したのが今回の作品、東日本大震災から1ヶ月を過ぎた頃に「すすきの」で撮影したものだ。この当時関東エリアでは計画停電が実施され、東京の歓楽街からネオン光が減らされた時期だったこともあり、不謹慎ながら煌々とネオンが燈る「すすきの」を見ると羨ましさと合わせて「何か違う」感を覚えたのものだ。ところが今回の地震による停電によって、今はこの風景から光が消えた。暗闇の怖ろしさと電気仕掛けの社会の脆さを垣間見た気がする。
 企業では、東日本大震災後「BCP」がブームとなったが今回機能したのだろうか。「安全神話」こそ偶像なのではないか等、今回の地震から得る教訓は大きいようだ。
一日も早い復旧を願う。
(カメラ CANON EOS7D)
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2018年9月6日木曜日

謹んでお悔やみ申し上げます。

 今朝、飛び込んできた北海道 胆振地方中東部を中心とした地震には驚かされた。更に最大震度が7、道内全域に及ぶ停電ということが伝わってくると、これは忌々しき事態になったということも。友人との再会を願いつつ、今は一日も早い回復を祈るのみだ。
一日も早く「わたれーる」ように。
(RICOH GRデジタルⅡ)
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2018年9月5日水曜日

「95」の日

 9月5日に因んで今日は「95の日」、となれば所属の田端運転所でNo.1の人気を誇る機関車EF81 95号機を取り上げてみたい。本機については2016年6月7日の本ブログ「記憶に残る機関車」(https://gazosousakunin.blogspot.com/2016/06/blog-post_7.html)でも紹介したように塗装変更によって運命が大きく変わったシンデレラストーリーをもつ機関車だが、その魅力のひとつに「ヘッドマークが似合う」こともある。今回の作品でもヘッドマークが実に「納まり」のいいことがお分かりいただけると思う。となると現在ベストな組み合わせは団体列車「カシオペア紀行」。95号機は今年5月に全般検査を通しているので、あと数年は「カシオペア」のマークを装着した姿をみることができそうだ。
前面窓のHゴムを除けば「レインボー色」を維持している95号機
(カメラ CANON EOSRT、フィルム フジクローム RDPⅢ) 
               

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2018年9月4日火曜日

「峠」の力餅売り

 かつて奥羽本線の板谷峠越えは普通列車が趣があると言われていた。標準軌に改軌されるまで赤岩、板谷、峠、大沢のスイッチバック駅が続いていたからだ。特にその中の峠駅では停車時間を利用して「峠の力餅」の立ち売りがなされており、その光景は名物にもなっていた。
 この夏、1992年以来久方ぶりに板谷峠を普通列車で越える旅をした際、今でも「峠の力餅」が立ち売りされていることには驚いた。現在は山形新幹線内でも購入することもできるが立ち売りの魅力には敵わない。短い停車時間の中でお釣りのやり取りを無くすためか値段は1000円とややお高めになったのは残念だが、先を急がない旅なら「板谷峠」だけは普通列車利用をお勧めしたい。
数本の列車のための立ち売り。その姿勢が嬉しい。

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2018年9月3日月曜日

二羽の鶴

 汐留にある旧新橋停車場 鉄道歴史展示室にて7月10日から10月14日まで開催されている第47回企画展「没後20年工業デザイナー 黒岩保美」で一際目を惹いたのが「ゆうづる」のヘッドマークデザイン。氏によってデザインされた寝台特急「ゆうづる」のヘッドマークは、最後の蒸機牽引特急となる牽引機C62に似合うようにデザインされたことは有名なエピソードだが、不採用になったデザインの中に鶴が二羽描かれていたものがあったことは興味深かった。後年、特急電車に絵入りヘッドマーク導入に際してデザインされた583系用「ゆうづる」のマークには二羽の鶴が描かれていたからだ。「ゆうづる」の愛称は木下順二の戯曲からと聞くが、その悲しげでロマンに秘められた世界をヘッドマークに表現したデザイナーを始め、国鉄時代には多彩な「才能」が揃っていた。今回の企画展は、その成果の一端を垣間見ることができる好企画といえるだろう。
赤ベースのヘッドマークは珍しかった。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP)

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2018年9月2日日曜日

消えた「千葉線直通編成」カラー。

 先月末をもって「くぬぎ山のタヌキ」こと新京成8000形から「千葉線直通編成」のステータスだった「4本のマルーン」フィルムを纏った8514編成が離脱した。この編成は新塗装化が進む中で最後の「千葉線直通編成」カラーだっただけでなく、試運転列車として初めて千葉線に乗り入れたことでも知られている。これによって残る新京成8000形は2編成。そのうち1編成は昨年2代目塗装に戻されたもの。次の定期検査までは安泰のようだが唯一の異色編成として貴重な存在となりそうだ。

消滅した「千葉線直通編成」カラー。側帯の「4本のマルーン」は沿線4市をイメージしたもの。
(カメラ EOS-1D MarkⅢ)
 

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2018年9月1日土曜日

走る!ながれぼし。

  久しぶりの流鉄詣。今日は黄緑の「若葉」とオレンジの「流星」が運用に就いていた。その中で颯爽と走る「流星」を桜並木から狙う。話題のニューフェイス「さくら」ではなかったが、そこは何といっても伝統カラーの「流星」号。存在感は抜群だった。
流星=ながれぼし。
(カメラ CANON EOS7D)
           
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