2018年1月31日水曜日

運休する「SLもおか号」

 真岡鉄道のHPによると客車の検査による運休期間が既報の2/1~28に加えて3/10、11も運休するということだ。真岡鉄道の50系客車は、塗装は変われど「レッドトレイン」時代の面影を今に伝える貴重な存在。国鉄形客車では「新しい」部類になる50系だが製造後30年以上経過しているオールドカー、保守には相当手間が掛かるという。トラブルなく検査が済めば梅の季節に間に合う。ピカピカになった客車との再会が楽しみだ。
現役の50系客車を維持している真岡鉄道、その意義は大きい。
(カメラ CANON EOS7D) 

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2018年1月30日火曜日

モーニングは食堂車で。

 寝台特急の歴史を振り返ってみると興味深いのが食堂車の連結位置。昭和40年代初頭の九州特急では2、3号車が定番だった。これは1等と2等を食堂車を境に分けていたことによるもので食堂車は主に1等の乗客向けだったようだ。 その後エグゼクティブ層が鉄道から離れてからは食堂車も連結位置が「乗客が利用しやすい」編成の中間位置に移り、大衆向けになった感があった。今回の作品は国鉄時代の寝台特急「はやぶさ」食堂車でのスナップ。朝日を避けながらビールを嗜む夫婦が印象的だった。今の鉄道旅行では体験できないこの光景も失われて久しい。 
朝ビールもまた良し。九州までの道程は長い。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RDP)
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2018年1月29日月曜日

ベストマッチング

 今回の作品は、1987~2000年まで仙台地区をベースに活躍したジョイフルトレイン「オリエントサルーン」。牽引するED75形には客車に合わせた専用色が施されており編成としての一体感を演出している。この施策、古くは「青大将」と称された「つばめ」「はと」、特急色のブルートレインなどに先例があるので珍しくはないが、民営化前の1987年頃に誕生したジョイフルトレインでは客車と機関車を一体化してデザインする傾向が生まれた時期であり、民営化後各地に誕生した観光列車では標準となった。その先駆けとなった国鉄時代のジョイフルトレイン、その功績は大きかった。
「オリエントサルーン」では最終的に5両の機関車が専用色に模様替えしている。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RVP)
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2018年1月28日日曜日

京成特急「開運」号

「スカイライナー」誕生前の京成電鉄の最上級列車が「開運号」。成田山新勝寺参拝特急列車として昭和27年に運行を開始している。この列車を有名にしたのは翌年に登場した専用車両1600形で、当時としては画期的な簡易リクライニングシートとテレビを備えたハイグレードな車両だった。その後、通勤用の3150、3200形のセミクロス仕様車に置き換えながら昭和48年まで運行された「開運号」がリバイバル運転で蘇ったのが平成19年。車両は改造されたとはいえ「開運号」時代の3200形を充当、前面のヘッドマークは往年の行灯タイプを装備したという心憎い演出がなされていた。その後、久しく「開運」が命名された列車は影を潜めていたが、平成29年より1月運転の臨時特急シティライナーが「成田山開運号」と命名されている。やはり京成には「開運」が似合うようだ。
オールドファンには懐かしい「開運」が平成をいく。
(カメラ CANON EOS RT、フィルム フジクローム RDPⅢ)

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2018年1月27日土曜日

常磐線を「上る」タヌキ。

 今回の作品は「椚山のタヌキ」こと新京成8000系の甲種輸送で国鉄 常磐線松戸駅付近を「上る」シーンを撮影したもの。この編成が製造元の豊川にある日本車両から遠路回送されてきた目的地は蘇我。それまでは北柏だった目的地が昭和59年2月に同駅の貨物営業廃止によって蘇我に変更になったことによるもので、この時が変更後初の甲種輸送だった。更に蘇我からは陸送で一両ずつ北総線 西白井まで運ばれ、ここで組成したのち椚山車庫へ自力回送されるというとても手の込んだ搬入ルートだった。このルートの凄さは路線図をなぞってみるとより理解が深まる。北総線と新京成が線路で繋がっていた時代ならではのエピソードだ。 
珍客来る。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム フジクローム RDP)
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2018年1月26日金曜日

首都圏を走り回ったモントレー色

 この色が登場時したとき「何だ、これ??」と思ったのが、新前橋電車区(現 高崎車両センター)の波動用165系電車に施された通称「モントレー色」。一説によると上毛三山にかけての「モントレー」だそうで、由来はともかくピンクのラインが目立つ塗装だった。民営化後は三両編成11本が継承され主に波動用に充当されたこともあり首都圏で目にする機会も多く、積極的に被写体として意識する存在ではなかった。その中で今回の作品は修学旅行用に15両編成を組んだ時のもの。波動用車両の面目躍如といった堂々たる姿だった。
新前橋区の165系が波動用としての活躍したのは2003年迄。
(カメラ CANON EOS-1N RS、フィルム フジクローム RVP)


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2018年1月25日木曜日

とまれみよ

 踏切警報機や遮断機が設置されていない第4種踏切に設置されている「とまれみよ」の標識。ローカル色を表現するにはうってつけのアイテムとして隠れた人気がある。横断の判断は通行者の危険察知能力のみ。この標識の外側で待機していればひとまず安全、そういう緩さもまた楽しい。
鉄道版「信号機のない横断歩道」

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2018年1月24日水曜日

朝は「はくつる」

 一昨日の降雪時、雪を纏って運行していた通勤電車をみて思い出したのが今回の作品。
青函トンネル開通まで北海道連絡の使命を担っていた上り寝台特急「はくつる」は、日付が変わる直前に青森を発ち上野着は9時台という列車ダイヤだった。他の夜行列車が首都圏の通勤ラッシュ前に到着していたのと異なり、ラッシュ後に到着する時間設定は青函連絡船を介しての北海道内との連絡がなされていたことによるもの。そのダイヤのおかげで首都圏では撮影に都合のいい時間帯を走る夜行特急でもあった。車体への着雪は雪の東北路を最高速度120km/hで駆け抜けた証し。長距離輸送に徹した国鉄特急の逞しき姿だった。
北海道連絡の東北特急の歴史は、新幹線に息づいている。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム エクタクローム EN)


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2018年1月23日火曜日

サラサラ雪。


 昨晩からの雪で今朝は白一色。積雪20センチ越えは4年ぶりくらいだろうか、新雪を踏みしめてみると今回の雪は「重くない」ことに気がついた。足から伝わる雪のサラサラ感が過去の記憶を思い起こさせる。「東北の雪」これが答えだった。
6:30のスケッチ(カメラ RICOH、GRデジタルⅡ)
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2018年1月22日月曜日

前兆。

 今日の関東地方は雪の予報。太平洋側エリアでも降雪は年に一、二度あるかどうかだが、どうやら今日はその一日のようだ。窓越しにみる粉雪をみて思い出したのが今回の作品。2010年12月のクリスマスイブの「SLクリスマストレイン」、その光景を見て明日はホワイトクリスマスらしい作品になるぞと喜んだ翌日、夜通し降り続いた雪は駐車してあったクルマの屋根に30センチ近く積もるほど景色を一変させた。このときの顛末は昨年12月24日の本ブログ「退く勇気」でも紹介しているが雪を甘く見てはいけない。今降っている雪も、そこそこ積もりそうな兆しがある。都市部特有のアイスバーンには十分気をつけたいものだ。
それでも雪景色は良い。(カメラ CANON EOS7D)

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2018年1月21日日曜日

ほら、手を振ってごらん。

 アナウンスが列車の到着を告げたとき、子供がそわそわし始めた。「フレッシュひたちが来るよ!」特急列車はいつの時代も人気者。それを黄色い線の内側から眺めさせている親も素晴らしい。
「ここにいるよ」
(カメラ CANON EOS7D)
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2018年1月20日土曜日

さよなら「あずさ色」

 JR東日本の波動用車両189系電車には特急色、あずさ色、グレードアップあずさ色、あさま色のいずれかが施されているが、その中から「あずさ色」を纏った編成が本日サヨナラ運転を行った。本当のお別れは25日、終焉の地長野までの送り込みを兼ねた団体運転になるが、長年中央東線を往来した「あずさ色」が消えることで同線の歴史も一つの節目を迎えたことになる。今後、新しい「あずさ色」になるのは昨年末「スーパーあずさ」にデビューしたE353系。その9両+3両の組成に中央東線の新しい展望を感じるのは私だけだろうか。
「ホリデー快速富士山」が主だった波動用189系
「ホリデー快速」として小山にも足跡を残した「あずさ色」

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2018年1月19日金曜日

読める広告、眺める広告

 JR山手線の新形車両E235系で物議を醸しだした車内広告の在りよう。従来の紙広告に代わり車内壁面に設置された液晶モニターによる広告は注目を浴びたが、紙広告は一掃されることなくしっかり中吊り広告には残った。これ以降、あらためて車内広告に注目してみると紙媒体とモニター表示では「受けて側」の印象が異なることに気がついた。前者では気になる広告では「読む」という行動が伴うが、後者ではストーリーを追ってしまい「眺める」だけに留まってしまうのだ。作り方の違いもあるが、事故情報など「内容を周知」させるためにはモニターでも「静止映像」になっている。どうやら二媒体の共存は役割分担がポイントになりそうだ。
情報量が多いイベントにはありがたい紙広告。
(カメラ RICOH GRデジタルⅡ)

「樹ではなく森をみる」ことが必要なモニター広告。

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2018年1月18日木曜日

変わる前の街並み。

 久しぶりに朝のJR新大久保駅に降りてみる。時間は8:00、路線バスを待つ間、大久保通りを眺めてみると△屋根の駅舎が目に入ってくる。2020年を目指してこの駅を4階建てビルに改築するというリリースが出て久しいが、2018年初頭ではその兆しはないようだ。街は時代に合わせて変わっていくというが2度目の東京五輪に合わせて、ここの光景もどのよう変わっていくのだろうか。
まずは山手線から模様替え(カメラ RICOH GRデジタルⅡ)

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2018年1月17日水曜日

「やまなみ」+「せせらぎ」

 成田山への初詣列車は、成田線の我孫子口と千葉口双方から成田駅を目指す。北陸新幹線長野開業前のファンの注目は我孫子口で、各地から成田を目指す機関車牽引の客車列車に早朝から沿線ではカメラの砲列ができたものだ。一方、千葉口からの列車は列車速度が高い路線ということもあって成田臨も電車だったことから変化には乏しかったが、その中で人気だったのはお座敷電車。今回の作品はお座敷電車二編成が併結した珍しい成田臨。この時ばかりは沿線が華やいだ・・・そんな気がした。
「せせらぎ」と「やまなみ」、この二編成は後に「リゾートやまどり」に改造される。
(カメラ CANON EOS-1NRS、フィルム フジクローム RVP) 

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2018年1月16日火曜日

路を外すと・・・。

 ふと思い立って帰宅ルートを少し変えてみるのも悪くない。大手町駅で東京メトロ乗継ではなくJR乗換えに変更するだけで、夕方は煌びやかな丸の内散策ができる。白眉はやはり「丸の内駅前広場」が完成した東京駅。新しい憩い場は既に観光名所になっているようだ。さて東京からは「上野東京ライン」で帰ってみようか。こういう寄り道は良い気分転換になる。

どこか異国を感じさせる中央停車場
(カメラ RICOH GRデジタルⅡ)

国道で社会実験中。

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2018年1月15日月曜日

市貝町 記念樹の森 

 真岡鉄道 市塙駅傍にある市貝町 記念樹の森は元 山根城だそう。そこの展望台からの眺めは古の城主の視線かもしれない・・・それも趣があるものだがカメラを持って展望台に登った輩としては「手ぶら」で帰るわけにはいかない。残念ながら狙っていた「お宝」は外れたが、ピンときたシーンが今回の一枚。どうやら次なる「お宝」は次の季節のようだ。もう少し待つことにしよう。
市塙駅を発車、上り勾配を目指す「スイカ」。
(カメラ CANON EOS7D)

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2018年1月14日日曜日

成田線に転じた103系1200番台。

 地下鉄東西線乗り入れ用の103系1200番台が、常磐快速・成田線へ転じてきたのは1991年末。東西線の10両化組み換え完了によって余剰となった12両が新天地に活路を見出したものだ。今回の作品は、成田臨の合間に撮影した1200番台で組成された成田線普通列車。塗装は塗り替えられているが、その異端車ぶりは際立っていた。しかし、1200番台12両にとって新天地は終の棲家にはならず、東西線に残った仲間が2003年まで活躍したのに対し1993、94年には廃車になりその生涯を終えている。
冷房電源未設置も使いづらかった理由の一つ。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RDPⅡ)
 


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2018年1月13日土曜日

ノウハウは継承できているか。

 一昨日からニュースで繰り返し放送されているJR信越線での雪による列車立ち往生。通電状態が保たれていたとはいえ、15時間以上雪中に「停車」せざるを得なかった状況に至ったことに対しては大きな課題を残したことになる。懸念されるのは雪質が重い新潟地区の積雪に対してのノウハウが継承されているのかということ。近年、地域内の輸送機関でも鉄道の役割が高まる中で「危ないときは停める」方針では済まされないこともある。「雪でも頼りになる鉄道」を担保することが、地域密着の公共交通としてのあるべき姿ではないだろうか。「温暖化」といえども雪を甘く見てはいけない。
国鉄時代のラッセル機関車DE15形も数を減らしている。

今の除雪はモーターカーが担う。これは鉄道車両ではなく「機械」。

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2018年1月12日金曜日

今度はズバリ。

 今回の作品は10日のブログでとり上げた新京成の「干支電車」、15日までの運行ということもあり先日の失敗を挽回すべく再撮したものだ。切っ掛けは同社の「お客さま案内」で運行時間を確認すると地元のポイントに日没前の16:30頃に通過することがわかったこと。列車の上り下りの違いはあったが条件は前回と同じ。「よし、OK!」、帰路の足取りは軽やかだった。
たかが戌年、だが次は12年後・・・意義はそこにある。
(カメラ CANON EOS7D) 
 

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2018年1月11日木曜日

何に感動したか。

 雪化粧とはよく言ったもので、一晩かけて降った雪は枯れ木や常緑樹に雪の華を咲かしてくれる。気温が上がると消えていく儚い光景と出会うためには早朝出発も苦にならないものだ。今回の作品は2006年「電化区間」の磐越西線に運行されたSL磐梯会津路号を待つ間に撮影したローカル列車。被写体として普段のローカル列車にカメラを向けない人もいるが、撮ることから得られるものは大きい。何に感動したかが一コマに表現されていればそれでいい。
快走719系、ここは旧中山宿駅付近のポイント。
(カメラ CANON T90、フィルム フジクローム RVP)


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2018年1月10日水曜日

あれ?違うぞ.。

 時間は16:30、事前に聞いていた情報では「干支電車」が来るはずだった。日没直前の夕焼けも良い状態になっている。よし来た!・・・。あれ?違うぞ!と意気消沈したのが災いしたか一本後の「干支電車」は失敗作になってしまった。もう一度だな・・・この日の成績は二連敗。
新年早々、タヌキに化かされた。(カメラ CANON EOS7D)


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2018年1月9日火曜日

おみやげ

 関東鉄道で販売している「常総線・真岡鉄道線共通一日自由きっぷ」は、フリー区間内乗り降り自由に加えて益子焼窯元共販センターで益子焼の記念品と引き換えができるお得な切符。1月6日に共販センターを訪れた際に頂いた記念品は「栃木DC記念」の湯飲みで今春開催される「栃木デスティネーション キャンペーン(DC)」因んだもの。包装紙を解いた時、思わず笑みがこぼれたものだ。そして右下にある小袋は「SLのすべらない砂」。思いがけない「おみやげ」は、旅の良きエピソードになる。
楽しみの選択が広い「常総線・真岡鉄道線共通一日自由きっぷ」。通年販売も嬉しい。
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2018年1月8日月曜日

市塙にて

 「市塙」と書いて「いちはな」と読むこの駅は、平成6年(1994年)SLもおか号運行開始に先駆けて列車交換設備が復活した駅のひとつ。市貝町の代表駅でもあり駅舎の壁面には「武者絵」が描かれている。茂木駅へ向かう下りの「SLもおか号」最後の停車駅でもあることから、コアなファンからは人気のある駅でもある。今回の作品は発車前の「SL新年号」のスナップ。足回り点検異常なし。終着茂木駅まであとわずかだ。
11:54、市塙発車。(カメラ CANON EOS7D)
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2018年1月7日日曜日

大きかった日章旗。

 昨日から今年の真岡鉄道「SLもおか号」の運転が始まった。注目されたのはC12形蒸気機関車に施された日章旗で、個人的に過去大井川鉄道では見ることが叶わなかった姿に惹かれての新春の真岡行だった。第一印象は「超いいね!」で、聞くとヘッドマークも日章旗掲揚のポールも真岡鉄道職員の手によるものだという。真岡鉄道は蒸気で動くC12を国内で見ることができる唯一の存在。それを顕示するかのように大きな日の丸を掲げ、通いなれた芳賀路を行く小さい機関車は凛々しかった。
「SL新年号」、平成30年を行く。(カメラ CANON EOS7D) 

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2018年1月6日土曜日

SLのすべらない砂

 真岡鉄道 真岡駅に設置されていた「SLのすべらない砂」。蒸機運転には欠かす事ができない砂を受験シーズンを前に「合格祈願」のお守りとするアイデアは洒落ている。この「すべらない砂」、ご利益は受験生だけではなさそうだ。
「すべらない砂」、有難く頂戴致しました。

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2018年1月5日金曜日

存在感

 内房線の上総湊は、条件が良ければ富士山と列車を合わせられる有名なポイントのある最寄り駅。今回の作品は漁港側で撮影した作品だが、この時は件のポイントで富士山を望むことができなかったため「手ぶらで帰れない」という邪な発想でロケハンしたときのもの。冷え切った冬の朝でも、そこに人が居るだけで生活感が伝わってくる。そのシーンに遭遇できただけでも良しとしなければ。この日の成績は1勝1敗。
朝の「さざなみ」。
(カメラ CANON EOS-1vHS、フィルム フジクローム RVP)
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2018年1月4日木曜日

諫早 8:12

 今回の作品は諫早を発車する晩年の寝台特急「あかつき」。冬場の8:10頃はラッシュアワーを過ぎた頃だが朝日の眩しい時間帯だったことが記憶に残っている。空港行バスの待ち時間での撮影だったので行動範囲に制限のあった中、ファインダーに映った「昭和の夜行列車」は貫禄十分だった。その「あかつき」が廃止されたのは2008年3月のダイヤ改正。まもなく10年が経つ。 

ヘッドマークは「なは、あかつき」。2列車共用だった。
(カメラ CANON EOS-1VHS、フィルム フジクローム RVP)
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2018年1月3日水曜日

「あさぎり」は「ふじさん」へ

 小田急電鉄の3月のダイヤ改正で1959年以来親しまれてきた「あさぎり」の愛称が「ふじさん」に改称されることになった。御殿場行特急として富士山西麓の朝霧高原から本丸「富士山」への愛称変更は外国人旅行者を意識しており、そのターゲットは「富士山に一番近い鉄道」富士急行線になることは疑う余地もない。富士山駅の存在と共に「フジサン特急」「富士山ビュー特急」を擁する富士急行線に対して小田急は『都内から乗換なし」のメリットがある。さて、次なる一手を打つのはどちらのルートだろうか。
特急「ふじさん」に使用されるMSE60000形。

迎え撃つ富士急の「富士山ビュー特急」は、元「あさぎり」のJR東海371系。

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2018年1月2日火曜日

初撮りは1月2日

 正月三が日の中で1月2日は「何か外出したくなる」日になることが多い。元旦は正月らしく1日を過ごすと翌2日は暇を持て余してしまうことに起因するが、仲間もそれがわかっているから年末に2日の予定を打診しても「OK」の返事が来る事が多いようだ。かつては撮影行も2日を初撮りとすることが多く、行き先は「日章旗付の蒸機列車」が運転される大井川鉄道と決まっていた。ちなみに今年の初撮りは6日、初めてC12に日章旗が装着される真岡鉄道の予定だ。
大井川第一鉄橋での迎春列車。列車の便が良かった当時は、新金谷の機関区を訪れた後でも列車移動が可能だった。
(カメラ CANON T90、フィルム エクタクローム EPP)

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2018年1月1日月曜日

2018 年賀状。

新年明けましておめでとうございます。今年も本ブログ、よろしくお願い致します。

 今年の年賀状は磐梯山を背に走る「2016年のSLクリスマストレイン」、2016年12月3日のブログに掲載した作品をベースにしている。写真年賀状の印刷は文字入れ等の関係もあって原版より微妙にトリミングされてレイアウトされる。「位置決め」は毎年悩む課題だが、DP屋とテストプリントを確認した上で調整してもらっている。こういう調整ができるのも昔から懇意にしているDP屋ならでは。プロの助言は頼りになるものだ。
原版選択には白文字を活かせる背景もポイントになる。

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