2020年8月31日月曜日

「二」は荷物の二

国鉄客車の用途記号の「二」は荷物車。ところがJR線に現存する「二」を調べてみると僅か3両になっていることに驚いた。その内1両は東急所属の元「ゆうマニ」伊豆急「ロイヤルエクスプレス」用電源車「マニ50 2186」で、これを除くとイベント運転用のJR東日本オハニ36 11とJR西日本下関総合車両所広島支所のマニ50 2257と「二」は風前の灯となっている。鉄道小荷物制度は昭和61年廃止になったが、近年「鉄道による」新たな荷物輸送が模索されている。そのなかで「二」がどう棲み分けられるのか興味深いところだ。
最も有名な「二」はブルトレのカニ24。

国鉄時代の荷物列車(再掲)

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2020年8月30日日曜日

記録としての地図

 記憶は消える、記録は残るとは仕事でよく言われる名言だが、この作品でもJR釜石線のどの区間で撮ったのかすぐには思い出せなかった。ここは洞泉~陸中大橋間の「大松の築堤」と確認できたのは、撮影したポイントを25000分の1の地図にチェックしていたことから。地方ロケでは「地図」は頼りになる。そのため最新版を揃えるのも出発前のルーティン。それに過去の記録を加えていく事で貴重なデータとなる。          
蒸し暑かった釜石の夏。
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2020年8月29日土曜日

ラストショット

 フィルム時代には幾つかの「節目」がある。一つは枚数、フィルム1本は36枚で終わる。次にISO感度、撮影は露出が取れる時間帯まで等のキリの良さが時には悩ましくもあり、潔しさでもあった。今回の作品も定宿へ戻る道すがら夕陽に照らされたD51を「動きモノを止める」ギリギリの露出で捕らえている。締めのショットが決まると帰路は軽快になるものだ。
「盛」は釜石線を管轄する盛岡車両センターの略号
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2020年8月28日金曜日

小さい秋、見つけた

早朝の電車で訪れた山間の線路際、秋らしさを表現するためコスモスを前ボケにしてみた。コーポレートカラーとして国鉄湘南色を堅持していたJR東海車が通り抜ける。小さい秋、見つけた。
オレンジ色はJR東海のコーポレートカラー。

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2020年8月27日木曜日

50系でも・・・

若いファンの方々と話をしていると「昔の列車トイレって垂れ流しだったって本当ですか?」と「客車は手動扉・・・」と聞かれることがある。どちらも本当ですよと答えると驚かれる中、更に一言「(鉄道趣味ブームでの)老若男女の撮り鉄さん、今みたいに線路に近づくと国鉄の頃だったら「黄害」の洗礼を受けます。」と付け加えたもの。昭和53年より新製された国鉄50系客車でも乗降扉は自動化されたがトイレは従来通りだった。民営化、第三セクター後は「黄害対策」が進み、今では冒頭のような「昔話」も生まれるようになったのは隠れたストロングポイントと言えるかもしれない。
現存する真岡鉄道の50系客車でも入線に際し汚物処理装置を設置している。
        

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2020年8月26日水曜日

夏に優しい駅

弘南鉄道大鰐線 中央弘前駅は平成14(2002)年、東北の駅百選に選ばれた駅。選定理由が「弘前公園に近くホーム向の士淵川からの涼風が心地よい、夏に優しい駅」ということだそうだ。なるほど夕涼みには良さそうなロケーション。60分ヘッドの時間帯なら左党にとって「ちょうど良い」間が取れそうだ。
夏は涼感。

町の中心部にある「中央弘前」

業務委託ながらも有人の駅
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2020年8月25日火曜日

900番台も来た!

 総武・中央緩行線から武蔵野線へ転入が進むE231系、その中で異色の車歴を持つ900番台も転属したことが確認できた。同車は209系950番台として新製、後に2700両を超える大所帯に発展したE231系の「量産先行試作車」にもかかわらず、その技術的な先進性から2000年の鉄道友の会「ローレル賞」を受賞している。この試作車編成の転入により205系のE231系置換えも大詰めを迎えることになりそうだ。
車体は209系500番台と同じ。E231系の価値はメカの先進性にある。

「900」は試作車の番台。編成Noは「MU1」


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2020年8月24日月曜日

川遊び

ふと思う。荒川での川遊び、今夏は賑わっているのだろうか。この作品を見る限り「三密」にはなっていないが・・・。
SLパレオエクスプレス、今年は運休。

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2020年8月23日日曜日

ファンサービス

今回の作品は2001年に大井川鉄道で運行されたC10+C11+C12による三重連列車。完全なファンサービスのイベント列車だ。機関車牽引の客車列車が貴重になっていく中、「牽引機が蒸気機関車」に価値を見出すファンは昭和40年代の「SLブ-ム」の洗礼を受けた世代中心。それ以降のファンとは温度差があるようだ。それは鉄道会社にも言えることで復活蒸機で湧いた昭和末期~平成初期の頃と平成末期~現在とでは存在感が変わっているように思える。問題提起をするならば、平成の30年間でSLは経営上の「お荷物」になっていないか。今の集客のトレンドはグルメ等の「列車内のサービス」に移っている。そこでは牽引機は問われない。 
現在、三重連が可能なのは大井川鉄道のみ。
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2020年8月22日土曜日

新しいセオリー

 デジタル写真になっての新しいセオリーに「前処理半分、後処理半分」がある。後処理はPCによる現像~プリントまでのプロセスのことで、これによってデジタル撮影は「撮る+現像以降も含めての作業」が一工程となる。その中でも後処理を前提とするRAWデータでは「記録」という意味で撮影時カメラの露出は「評価測光」で十分といった応用が生まれている。デジタルカメラにはユーザー好みのセッティングができる楽しみがある。初期設定から外すだけで意外な発見があるものだ。
AWBでは空色に特徴が出る。
          
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2020年8月21日金曜日

赤倉色との遭遇

「赤倉色」は国鉄末期に新潟(上沼垂)所属の165系が夜行「ムーンライト」へ充当されるにあたって、アコモ改造がなされた編成に施された地域色。「ムーンライト」として首都圏(ATS-P)区間乗り入れのM編成、急行「赤倉」と一部ローカル用のA編成に大別され、「赤倉色」はA編成のこと。共に座席をグリーン車のシートに取り替えたことが特徴で座席だけで言えば「特急」のグレードを上回っていた。今回の作品は「青春18きっぷ」で中央東線~小海線~信越本線を回って来た時の小諸駅での「赤倉色」。あらかじめ狙っていたわけでもない偶然の出会いだった。 
M編成の6本に対しA編成は3本。
窓割りとシートの配置が合わないのを除けばグレードは高いM&A編成。
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2020年8月20日木曜日

寝ボケ眼の先

C11204号機は、初めて撮影した蒸気機関車。前日からの夜行移動で頭が朦朧としていた中で今は廃線となった日中線の列車を撮ったもの。炭水車付きの大型機に憧れていた当時、「小さいなあ」が第一印象だったが早朝の空気の中でのC11は逞しかった。この時のネガにはチョンボが数知れず写っている。前日購入してもらったカメラでの「ぶっつけ本番」だったこともあるが、時が経つとそれも笑い話になる。
コンパクトカメラでのチョンボの最たるモノはレンズキャップの外し忘れ。

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2020年8月19日水曜日

とさでん交通「維新」号。

昭和59(1984)年、土佐電鉄開業80周年記念事業として製作された7形のレプリカ「維新号」。平成26(2014)年に経営統合で誕生した新会社とさでん交通へ継承されているが、非冷房、ワンマン運転&ICカード未対応ということで定期運行は休止中。現在、他の外国からの車両共々、イベントや貸切での運行に留まっているのは惜しまれる。
土佐の高知のはりまや橋にて


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2020年8月18日火曜日

今年限定にして!?

 今年の夏に違和感があるのは「納涼」がないことだろう。「コロナ騒動」によって盆踊りや花火大会といったイベントが軒並み中止となっては致しかたないが、季節の風物詩の欠如に戸惑いは隠せない。こういう夏は「今年限定」にして欲しいもの。あと猛暑も。
花火大会の日
         
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2020年8月17日月曜日

また、つくるだけさ。

駅への道すがら朝露にデコレーションされたクモの巣が目に入った。未来永劫に残るわけでもなく役目を終えたら、また次の巣をつくるのが自然の営み。動線が切れた「道」を前に言葉が伝わるなら彼らはこう言うのかもしれない。(壊れても)「またつくるだけさ・・・」。新冠駅も含まれる日高本線の不通区間は本年度中に廃止が確定になる。
美しい曲線(作者不詳)
出会いと憩いのセンター兼、駅舎
由来はアイヌ語の「ニカプ」

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2020年8月16日日曜日

’80年代のローカル列車

国鉄時代の四国は、気動車による無煙化が進められた一方で冷房は急行以上の優等列車に限られた。ローカル列車が閑散としているのは、お盆休みのオフピークというだけではなかった。そこには自動車に対して大量輸送しか優位性が保てなくなった「汽車」の姿があった。
   民営化後導入されたローカル用車両では冷房は標準装備になった。
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2020年8月15日土曜日

釧路湿原駅

 釧網本線には幾度か訪れているが、釧路湿原駅に下車したの2008年夏が初めてだった。
JR後に新設されたログハウス駅舎は周囲の景観に考慮したもの。細岡展望台へは徒歩で行くことができる距離なので付近の散策も楽しい。列車移動にはイベント列車「くしろ湿原ノロッコ号」を選びたい。展望客車から眺める釧路湿原は夏の思い出には十分だ。
駅外観、開業当時は有人だったが現在は無人駅
いざホームへ
国立公園では許可なく木々の伐採は禁止。
くしろ湿原ノロッコ号

風を取り込むオープン客車

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2020年8月14日金曜日

早起きは3本の得

今回の作品は昭和62(1987)年8月の寝台特急「ゆうづる」。当時、お盆休みの一日は早起きして青森から上って来る寝台特急を撮るのが定番コースでターゲットは2本のブルトレ24系と583系の1本。まだ気温の低い4時台の始発電車で出発、陽射しが強くなる7時前には切り上げるというカラダに優しい撮影だった。この年、特に注目したのは翌年3月から「北斗星」に転用されるブルトレ編成に連結されたA寝台個室「ツインDX」。この段階では寝台特急の概念を変える「真打」登場への露払いだった。  
24系ブルトレ編成、電源車に次ぐ2両目が「ツインDX」

「ゆうづる」の最後を飾った583系
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2020年8月13日木曜日

キハ40雑感

列車移動での撮影行では、早朝一番の始発列車に乗ることが多い。朝の凛とした空気感の中、キハの車内に身を委ねると「あー、旅に来たなぁ」と実感する。振り返ってみるとキハ40に親しみを持つようになったのは、函館山線に通うようになってから。国鉄らしい手堅い仕様は安心感を与えてくれた。特にサボによる行先表示には「どこから来た」列車というストーリー性があるのも魅力。ちょっと人の手がかかる車両も各駅停車しか運行されない路線には似合うのかもしれない。
朝陽に照らされる
1段二重窓のキハ40は酷寒地仕様

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2020年8月12日水曜日

駆り立てられる動機

今回の作品は’90代初頭のお盆時期でのD51。場所は上越線 津久田~岩本間の綾戸渓谷で津久田駅から4キロ程のポイント。この作品で思い出されるのは、国道の商店で購入した氷菓子の美味かった事。炎天下で徒歩移動してきた身には有難かった。当時決行できたのは単に若かっただけではない。駆り立てられる動機がそこにはあったが、今ではこのポイントへの徒歩移動はNGだ。
今との違いは蒸機運転がレアだった事。それだけで動機になった。
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2020年8月11日火曜日

暑中見舞い

今日の気象情報によると埼玉、群馬では40℃を越えたとのこと。気休め程度ですが、2月の会津坂下のスナップで涼を感じてください。
寒い、暑い、どちらが良い?

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2020年8月10日月曜日

夏が来れば思い出す

夏で思い出すのが、SLやまぐち号が走るJR山口線詣で。「青春18きっぷ」で九州へ向かう旅の途中に「行き掛けの駄賃」で立ち寄ったものだが、このときの作品をみると「猛暑」の記憶と、この後「博多」までの行程の長さにうんざりしたことが思い出される。夜行快速をフルに活用してのタフな旅、その記憶は後には笑い話になる。
C571号機快走!
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2020年8月9日日曜日

川霧

 通り雨の去った後、突然川霧が水面を覆い尽くしてきた。もうすぐ蒸機が通過する時刻。あと少しもってくれ。
気温と水温の差が織り成す幻想


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2020年8月8日土曜日

カメラのトラブル

今回のテーマは7月22日のブログ「あやめ園のビュースポット(https://gazosousakunin.blogspot.com/2020/07/blog-post_22.html)」でも触れたシェークダウンしたカメラ(CANON EOS-1N RS)のトラブルについて。結論から言うとAFセンサーのズレが原因でMFではピントは合うが、AFではピントが合わないという現象がおきていた。その違和感を実感したのが今回の「みのり」。AFではピントが合わないことから、これ以降はMFに切り替え撮影を続けたが出来に関しては帰京してサービスセンターで点検修理するまでは安心できなかった思い出がある。更にこのカメラで一番悩まされたトラブルは、製品個体差もあるがフィルムのカーリングによる平面性保持の不安定さ。現像後にピントを失ったコマが散見されたのはどうすることも出来なかった。
悪条件下では「オート」は頼りになるが精度が狂っていては裏目に出る。

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2020年8月7日金曜日

「大樹」東武日光へ

東武鉄道の8月5日付PRによると10月から月1回程度、東武日光線でSL大樹「ふたら」の運行を開始するという。運行区間は下今市~東武日光間7.1kmで蒸機は上り勾配区間が続く東武日光側に連結される。これによってSL復活運転による日光・鬼怒川エリアの活性化の仕掛けは整った感がある。さてどのように定着していくか、今後が楽しみになってきた。
東武日光付近は勾配区間、蒸機の力行シーンが期待できる。
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2020年8月6日木曜日

湘南電車のDNA

今日は8月6日は、湘南形80系クハ86形の日。その「正面窓周りを傾斜させた2枚窓」デザインは私鉄各社へも広く普及したことからも「非貫通構造」では優れものだった。現在80系は京都鉄道博物館にトップナンバーが保存されているが、こちらは初期形の3枚窓で「湘南顔」とも言える2枚窓車は現存しない中、地方私鉄では第一線で活躍中だ。今回アップしたのは岳南鉄道8000形、銚子電鉄2000形の元京王車だが、その他にも北陸鉄道、上毛電鉄、松本電気鉄道、伊予鉄道でも譲渡された元京王3000系によって「湘南顔」は残されている。湘南電車のDNAは私鉄に引き継がれているようだ。
岳南8000形は正面にFRPを使用した元京王3000系
             
銚子電鉄2000形は元京王2000系、伊予鉄道から転入した。
旧形国電の集大成と称された80系300番台(再掲)
  

                         
  


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2020年8月5日水曜日

特急のような急行

京都鉄道博物館で昨年ラッピングで再現された白山色。

 今回の作品は、平成5(1993)年特急「白山」と共通運用で489系によって電車化された時代の夜行急行「能登」。「白山色」は同14(2002)年まで、特急色では廃止される同24(2012)年までと、偶然ながらほぼ10年おきに節目を迎えていた列車だった。急行の「能登」は金沢と上野を約7時間で結んでいた。特急のダイヤだと「早く到着」してしまうからだ。この列車にはどちらがしっくりくるだろうか。
上野到着は6:05。夏場が狙い目だった。
  

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2020年8月4日火曜日

青ガエル、大館へ

渋谷駅ハチ公前広場の「観光案内所」、元東急5000系が3日に秋田県大館市へ向けて搬出されたという。この5001号車は静態保存ため譲渡先の上田電鉄から東急へ返却、東急車輛製造で保管されていたが、渋谷展示に際して車体を切断し搬入され、東急ファンを大いに落胆させたもの。そして今回の大館「秋田犬の里」への「御輿入れ」。東急のレジェンドはハチ公の元をひっそり去っていく。
大館で幸あれことを願う。

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2020年8月3日月曜日

先見の明?

終着駅で乗車してきた電車をスナップすると運転席正面の窓が開いているのに気がついた。折り返し時間を利用し車内に外気を通す工夫としてはとてもユニーク。この銚子電鉄デハ301号はJR鶴見線の前身 鶴見臨港鉄道の自社発注車。当時の設計に携わった関係者はこういう使われ方も想定していたのだろうか。何気無いスナップにもストーリーが隠されている。
第一線を外れたデハ301号は架線点検車として2008年まで車籍が残っていた。
              

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2020年8月2日日曜日

とある列車。

 札幌発函館本線下り始発列車は普通列車旭川行き。今回は2008年のスナップだが、当時この列車はキハ40形で運用されていたことで注目されていた。車両回送を兼ねていたといえ道内屈指の130km/h高速運転区間でもある札幌~旭川間でキハ40による「キシャ旅」は「夏休み」の気分転換には相応しかった。 あれから12年、今年の8月は未だ落ち着かない。
2008年は6:02だった発車時刻は、今は6:00に繰り上がっている。
青いモケットが郷愁を誘う
          


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2020年8月1日土曜日

ダイヤモンドカット

 東急では2000年に運用を終了した7200系の前面形状は、上下左右「く」の字に折れ曲がった独特のもの。そのデザインは「ダイヤモンドカット」と称され、造形は現在主流のFRP加工ではなくステンレスでなされているのが特徴。メカ的には「1M」電車で付随車を連結することで最短2両でも運行できたこと、車幅を地方鉄道車両定規内に収めた事で東急全路線に入線可能としたことが、引退後地方民鉄へ移籍する際に活かされている。現在、東急から引退した7200系が豊橋鉄道と大井川鉄道で余生を過ごしているのは嬉しい限りだ。
ダイヤモンドカットをクローズアップ。2018年までは上田電鉄にも在籍していた。
         
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