2017年8月29日火曜日

飯田線直通急行の頃

 8月20日に全通80周年を迎えたJR飯田線。辰野から豊橋までの全線を乗車すると6時間以上を費やすという「偉大なるローカル線」として知られている。国鉄時代の最優等列車は「急行」で、自線内の「伊那」、長野直通の「天竜」に伍して際立った存在だったのが新宿直通の「こまがね」号。「東京へアクセス」する列車として中央東線内は急行「アルプス」に併結され、鉄道に優位性があった頃の看板列車だった。
 その流れが大きく変わったのが中央道の開通で、以後対伊那地区から東京へは高速バスの時代となりそれに追随するように飯田線からは「東京へアクセス」する列車は消滅。同線の役割も地域内輸送へと変わっていった。次の10年に向けて歩み始めた「偉大なるローカル線」、今後どのようになっていくのだろうか。
中央東線急行の付属編成が充当された「こまがね」。同線初の冷房付列車だった。
(カメラ CANON NewF-1、フィルム コダクローム KR)
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